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信濃屋(その4) 

お石はうれしく、娘のお半を呼び出し、
「おもいがけない災難を逃れたのも長右衛門様のおかげ。お礼を申しなさい。悪いやつに関わっているうちにお祝いの盃が遅れた。お銚子を持ってきなさい」
と命じますが、お半は
「いえいえ、結納のお祝いならやめてください。私は

    嫁入りはしません

から」
「またそんなことを。私と二人のときならともかく、お世話下さったお方の前で勝手なことを言ってはいけません。母一人の育ちの甘さと笑わせるのか、この親不孝者。それとも、嫁入りできないような色恋の話でもあるのか、ねえ、長右衛門様」
「そんなことはないでしょうが、あまり頭ごなしにおっしゃっても納得しないでしょう。私は帰って家内をよこしますから納得のいくまで」


    疵持つ足

を上げて帰ろうとします。ちょうどそこへ長右衛門の妻お絹が来ます。お絹とお石は
「なにかもやもやしたことがあったようで、お見舞いに来ました」
「それはようこそ。こちらからお呼びしたかったところです。さあどうぞ」
と挨拶を交わします。長右衛門は
「お半が嫁入りを嫌がっているので意見してやってくれ。この縁談がだめになっては舅殿に申し訳が立たないから」
と言い捨てて長右衛門は帰り、お絹が入ってきます。

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お絹はにこにこして
「お石様からいくらかのことは小耳に挟んでいます。若いうちはこわいこわいと思うばかりで、誰しもいやだとは思うものですが、

    灸の皮切り

と同様、嫁入りした後は心配することではありません。ことに相手はほかでもない私の実家。私もしばらくあちらにいますから、初めてのところでも決まり悪く思うことはありません。ね、納得できましたか」
と、冗談をまぜながら勧めるのですが、お半はしくしく泣いています。
「お絹さんの手前も申し訳ないのですが、私はやはり嫁入りはいやです。堪忍して下さい」
と顔を背けてしまいます。
「そこまでおっしゃるなら何かわけがありますね。ほら、去年大阪に連れて行って上げたとき中山文七の芝居小屋で富十郎の八百屋お七がを観ました。そのとき、帰りの船で『名優ですね、お芝居とも思えませんでした。いじらしいです』と話していたでしょう。でも私はちっともいじらしいと思いませんでした。なぜかというと、自分勝手な色恋のために浮名を流して、親が決めた縁談をいやがったお七は親不孝者。江戸中を引き回されて鈴が森であさましい最期を遂げたのも親不幸の罰。あなたはそうだというのではないけれど、親御の決めた婚礼を嫌がるならお七を手本にして、親不孝の罰が当たって自分だけでなく誰の名前が出てくるやら。そこを思い返して、ね。これ、ここまで言っても首を振るのはどうあってもいやということですね。それならもうなかった縁談にしましょう。長右衛門様が媒酌でも私の弟にいただく嫁入りでも

    さっぱりと変改

にします。結納のしるしのものはあとで取りに来させます」
とお絹が立ち上がるとお石が裾にとりついて
「平素からお半のお父様とも信頼しております長右衛門様が折角お世話くださった縁談です。変改というのも娘の身勝手ゆえ。何が何でも得心させてこの子を嫁にやります。お気に触ったら幾重にもお詫びします。お許しください」
と子供のせいで欠けることになる義理を取り繕うと詫び言葉を述べます。
「とんでもない、お石さん。私は腹なんて立てていませんよ。こんなことはままあるもの。嫌がるところに無理に嫁にやって病気にでもなっては気の毒ですし、自分を嫌がる女房を持っては弟も困ります。波風が立たないように、これきりということで。お半さん。何も気にしなくていいからまた遊びにいらっしゃい」
とさっぱりと人当たりのよいお絹は会釈して帰っていきます。

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