今年の呂勢さん 

昨年終盤、大車輪の働きをされたのが

    豊竹呂勢大夫 さん

でした。
「一力」のおかると「山科」の後半。どちらか一つでも大変なのに、気の毒なくらいの重さで、相当しんどい思いをされたのではないでしょうか。
しかし、代役は出世の糸口。まず代役に選ばれることが大事ですし、それをこなして次に繋げることも重要なのでしょう。自分の地位から考えて大きな場を語らせてもらう場合は抜擢と言えるわけですから、代役をさせてもらうことは名誉ですね。かつて住大夫師匠が休まれた時に文字久さんが代役をされました。あれ依頼やはり文字久さんは前進のスピードが速まったのではないでしょうか。
過去の名人と呼ばれた方のお話の中にもしばしば「代役できっかけをつかんだ」という意味のことが出てきます。
私には何もわかりませんが、呂勢さんも

    手応え

はあったのではないでしょうか。
しんどい思いができるというのは幸せでもあるのです。させてもらえない私が言うのですから(笑)間違いありません。

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呂勢大夫さんはあのすばらしい美声がデビュー当時から際立っていました。南部大夫師匠門下で南寿大夫としてデビューされたとき、なんだか気の強そうな少年が入ってきたな、と思っていました。
昭和59年夏だったことは今でもはっきり覚えています。
そのあと

    五世呂大夫 さん

に入門されて、やがて改名。呂勢大夫という名は以前にもあった名前ですが、やはり呂大夫の弟子という名ですから、幼名のような感じですね。
今年、というわけには行かないでしょうが、この呂大夫の名を継げるのは呂勢いさんしかいないのではないか、と思っています。私は内部事情には詳しくないので、具体的な話については何も知りませんが、いつまでも「呂勢」というのはどうかな、と思っています。
この公演でも「戻り橋」の若菜と「狐火」に登場。こき使われていますね(笑)。「戻り橋」は清介さん、「狐火」は清治師匠と、すばらしい三味線で語られます。
二月東京は「道行恋の苧環」のお三輪で少しは楽かもしれませんが、また代役の予備軍かも。
今年の呂勢大夫さんのご活躍をいつもの年にも増してお祈り申し上げます。

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コメント

呂勢さんの「道行初音旅」

呂勢大夫さんの「道行初音旅」を初めて聴いたときに”ひとこそ知らね西国へ・・・”のところがとっても綺麗で、ほれぼれしました。呂大夫さんは残念ながら生の舞台を拝見することはできませんでしたが、録画でみたり、道行のCDなどを聴いたりしていてもウットリの大夫さんですね。呂勢大夫さんが呂大夫を襲名してくれる日を私も待ちこがれる事にいたします。

花形名

呂大夫は、呂勢さんにぴったりの花形名ですね!

一昨年、久しぶりに文楽劇場の資料室に行きましたら、呂勢さんが職員さんにお礼を述べておられました。頼んでいた資料が借りられたのかなと横目でちらちら見ていました。呂勢さん、とっても勉強家のご様子です。

♪やなぎさん

すばらしい声の持ち主でしかもよく鍛えられていると思います。
私の道行の思い出は秋田康楽館での曽根崎の道行。自分でもびっくりしたのですが、涙がにじみました。
呂大夫さんは尼崎、一力の平右衛門、すしや、花籠など、やは、ら時代物が思い出に残っています。道行もすばらしいお声でした。

♪やたけたの熊さん

今、見当たらないのが花形名なんですよね。
賛否はあるようですが、私は多少未熟でも襲名はあり、と思います。先日、米朝師匠が文之助襲名に関連して上方落語の名跡が復活するのが嬉しい、という意味のことをおっしゃっていましたが、文楽も是非。

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