狐火の八重垣姫 

アルジェリアで悲惨なテロがあり、日本人も殺された時、文楽初春公演では連日『本朝廿四孝』

  「十種香から狐火」

が上演されていました。
この演目のうち、「狐火」は、昨夏桐竹勘十郎さんらがそのアルジェリアで上演し、喝采を浴びたものでした。
同じ国で日本人が愛されたり傷つけられたり。舞台もニュースも、複雑な気持ちで観ました。

八重垣姫は、やはり簑助師匠を一番数多く拝見してきました。

    先代清十郎師匠

も観たはずなのですが、それは映像だったのかも。最近は当代清十郎、当代勘十郎。

八重垣の中に籠められたような深窓の姫君。その品のよいしっとりしたありさまと恋に夢中のかわいさは簑助師匠がやはり一番映るように思ってきました。

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今回も「十種香」でその魅力はじゅうぶん発揮されました。
勝頼なのか、そんなはずはない、でもそうかもしれない、いや違うだろう。さんざん迷い、不審がる八重垣姫です。
そして勝頼だと知らされると驚きと感激でいっぱい。
写真のない時、人の顔は噂に聴いても具体的には自分で想像するほかはなく、

    恋しい人

は美化し、そうでない人はそれなりに思い描くものでしょう。最近はプリクラが実物よりかわいく写してくれるようですが、絵姿はそれとも違って写真よりロマンがあるかも。そういえば、弥助を見初めた時のお里も「絵にあるやうな殿御」と言っていました。
今回は、「狐火」の八重垣姫のみ勘十郎さん。冒頭の狐も遣われましたが、それはあたかも勘十郎さん自身が狐に取り憑かれるための儀式のようでもありました。
そしてすぐさま下手に入ってしっとりした八重垣姫の登場。そのあとは

    狐が憑く

というだけの内容ですが、スピーディーに、しかも丁寧に「憑く」ということを描いていかれました。
顔が変わるわけではありません。しかし、人形の息づかいがや心臓の鼓動が聞こえてきたかと思うと、やがて狐の血が流れ始めたかのような錯覚を覚えました。勘十郎さんらしく、平板でない、厚みのある人物描写は緩急の自在さによって保証されているようでした。動く、動く。人形は動かしてなんぼ。簑次さんも立派な足でした。

簑助、勘十郎。師弟揃って神業のような八重垣姫でした。

銃を取れ、血を流せ。そんな虚しいテロの犠牲になった方々の命を惜しみ、文化の灯をますます世界にともしていかねば、と思わないではいられませんでした。

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