台湾 

WBC日本対台湾は接戦で日本が勝ちました。ホームタウンということを考えると、台湾は明らかに実力では日本と拮抗するか、あるいは上回っていたように思います。
どちらが勝ってもおかしくなかった試合でした。
実は、私はあまり調子がよくなくて、テレビを観ていなかったのです。
以前ならラジオ観戦していたところですが、今回は時々ネットで経過を見て、気になる場面になったら

    ワンセグ

を覗いていました。
しかし、九回の裏でやめてしまい結果は朝まで知りませんでした。
だって、時間がかかりすぎの上、開始時間が午後7時でしたから。
これもネットで知ったのですが、試合終了後、台湾の選手がマウンドに進み、ぐるっと輪になって客席に向かって深々と一礼したのだそうです。
また、台湾の監督は

   「日本に近づけた」

と言ったとか。
このチームなら、勝っても同じことをしたのではないかと思えるような姿でした。

私は、オリンピックの柔道があまり好きではありません。
勝つと相手選手を踏み越えてでも大きなジェスチャーではしゃぎ回る。いつからあんなふうになってしまったのかは知りませんが、がっかりしてしまいます。相撲、剣道、柔道の中で、あんなことをするのは柔道だけではないか。
もちろん、

    あれがいい!

とおっしゃるかたがいらっしゃることは承知しています。金メダルを取ったらはしゃぎたくもなるよ、とも言われると思います。そういうかたはそれでけっこうですが、私はどうにもダメなのです。
ところが、台湾選手が日本の野球ファンのみなさん、ありがとう、と言わんばかりにあの一礼。やはりいいものだと感じました。
勝つことを誇るのはわかります。しかし、勝てばなんでもいい、嘘をついても詭弁を弄しても、勝ちさえすれば官軍ぞ、というのは個人的には苦手です。
勝ち負けはどうしてもある。私など、俗にいう

    負け組 orz

ですから、敗者の気持ちはよくわかります。仮に、今後何か得意なことがあったとしても、私は偉そうな振る舞いはしないように気をつけよう、と思います。
台湾は東日本大震災の時も正式国交がないのに支援してくれたと聞きます。
かつての国連安保理常任理事国もあるいは負け組になったのかも知れません。
尖閣問題では台湾も自国領土を主張していますが、スポーツはそれとは無縁。
私の部屋には、学生時代に台湾から留学してきた友人(すでに故人)からもらった陶器の飾りが掛けてあります。
大事にしよう、とふと思いました。

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コメント

台湾

試合後に台湾チームが客席に向かって礼をしたんですか! すてきな話ですね。
台湾は、九州くらいの面積の小さな島国ですが、国民は勤勉で経済的にも豊かなようです。

台湾の野球界には、社会的に差別されている少数民族の人が活躍していると聞いたことがあります。台湾の野球に限らず、古今東西、実力だけで純粋に勝負できるスポーツ界や芸能界には多いですね。

♪やたけたの熊さん

YouTube で確認してみました。勝った日本チームが喜びながらベンチへ下がるとおもむろに台湾がマウンドに上がって一礼し、すぐにまた引き上げました。
台湾は行ったこともありませんが、日本の最西端からの与那国島からは100kmほどのところ。関心が深まりました。
このWBCではオランダと台湾に注目していました。私のWBCは終わりました(笑)。

『台湾紀行』

10日も遅くなってしまいましたが、7周年おめでとうございますm(__)m

台湾チームのこと気づきませんでしたが、ありがとうございます。いいお話です。

ちょうど司馬遼太郎『街道をゆく―台湾紀行』を読み返しているところです。
文楽ファンにもおなじみ鄭成功もゆかりあるところですね。

武道とスポーツ

柔道に関しては、ある時点で武道であることを捨てて、ひとつのスポーツになったのだと個人的には思います。柔道が国際的な競技になり、しかもオリンピックのような大きな大会になると、メダルと武道の精神を両立させるのは超人的な選手のみが到達できる境地になるのでしょう。超人的な選手は滅多にいないので、メダルを優先させた、と見えます。

少し前、天声人語でその筆者が柔道のコーチの暴力沙汰について書いていましたが、その中で「栄光」や「スポーツ衰退」という言葉を使っていました。日本の柔道選手がメダルを取って当たり前、とれなければダメ、というメディアと多くの日本人の期待がそこにあると思います。

ところで、以前台湾の友人から、日本の占領で良いこともあったと聞いて驚きました。お世辞なのか分かりかねますが。喧嘩を売って人気を取る政治家が多い昨今、増やすべきは友好国と思う次第です。

  • [2013/03/11 08:57]
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台湾

「台湾は親日的」、「日本の占領で良いこともあった」は、よく耳にする言葉です。でも、そこには落とし穴があります。国民党支配の時代と比べると、日本支配のころの方が相対的にマシだった、というのが正しい認識だと思います。

・日清戦争で勝利した日本は、台湾を植民地として統治しました。教育も行いましたが、韓国同様学校では日本語を強制しました。

・日本は台湾を、日本本土への食料等の供給源にしようとしました。そこで鉄道や道路、港などのインフラを整備しました。これは台湾のためにしたことではなく、あくまで日本のためにしたことです。

・1945年に日本が敗戦国となって台湾は開放されました。ところが1949年内戦で共産党に敗れた国民党(蒋介石)が、大陸から台湾に逃げてきて、台湾を武力支配しました。このとき国民党は虐殺も行い、もともと台湾で暮らす漢民族(内省人)は、同じ漢民族の国民党(外省人)を忌み嫌いました。

・そのような経緯から、国民党(蒋介石)の時代よりも、日本に支配された時代の方がマシだった。昔は良かった、という思いになりました。つまり相対的なものなのです。

また台湾には、清の時代に大陸(福建省など)から渡ってきた漢民族が、先住民(少数民族)を、支配してきたという問題も別にあります。

民族問題

やたけたの熊様
上記の台湾の友人の案内で台湾国内を旅行した時、台北駅で電車が遅れていました。その時プラットホームにいた老人が、流暢な日本語で漢民族の悪口を言い始めました。電車が遅いのは、漢民族の作った制度のせいだというのです。友人(本省人)から台湾の民族構成なども聞いていましたが、何を私に日本語で言いたかったかというと、まさに日本はマシであったということなのかもしれません。街を歩いていても、友人からあの人は(中国語の直訳か、日本語で)原住民だよと教えられましたが、多民族で成り立っていることはよく分かりました。

親日であるか、特に国家間の関係について単純には言えないのは、全く仰るとおりだと思います。台湾で教育がどうなされるかも、政治的な影響が大いにあるでしょうし、一人の友人の言葉を国の代表的意見と見なすべきでないことは、肝に命じておきます。

それにしても、日本の占領時代が未だに多くの人の記憶に残っていることは、多くの日本人はすっかり忘れているように思います。ところで、日本は戦後占領されたことを知る人はどれだけいるのか、精神的には未だ占領中なのか。重光葵がいなければ、英語が公用語になっていたと読みましたが、全く違った日本になっていたことでしょう。

  • [2013/03/12 09:20]
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♪nanasinonaさん

どうもありがとうございます。
昨日の東日本大震災の追悼式典では台湾の代表団が各国代表と同様の扱いを受けたことに中国が反発して欠席したとか。
政治的なことがからむと何かと複雑でいやになってきます。呉越はある場では同舟してもよいはず。
鄭成功のことはいろんなかたがおっしゃいます。こういうふうに文化を通してお互いを理解し合えることのほうがどれほど意義深いかとも思うのですが。

♪ウイスキータンゴさん&やたけたの熊さん

「日本の占領で良いこともあった」の実情についてお教えいただいてありがとうございます。
私の旧友もとても日本を愛してくれ、一緒に源氏物語を読んだりしました。その友人は中国からの留学生とも親しくしていて、「国同士が何と言おうと、学生の私たちは仲良くやっていますよ」と。

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