後追いの悲劇 

80年前の昭和8年(1933)というと現在の天皇が生まれた年です。
その4月1日に

  重要美術品等ノ保存ニ関スル法律

が制定されました。この法律はのちに文化財保護法の成立によって発展的解消の形で廃止されますが、制定に際してはある美術品の海外流出が大きなきっかけとなったそうです。その美術品こそが、昨日から大阪市立美術館で始まったボストン美術館展で里帰りしている

  吉備大臣入唐絵巻
      (きびだいじんにっとうえまき)

です。
「重要美術品等ノ保存ニ関スル法律」の第一条は、それだけに

  歴史上又ハ美術上特ニ重要ナル価値アリト認メラルル物件
  物件(国宝ヲ除ク)ヲ輸出又ハ移出セントスル者ハ主務大臣
  ノ許可ヲ受クベシ但シ現存者ノ製作ニ係ルモノ、製作後
  五十年ヲ経ザルモノ及輸入後一年ヲ経ザルモノハ此ノ
  限ニ在ラズ

というものでした(この条文は文化財保護法下でも効力を持つ)。
簡単に言えば、歴史上重要な美術品を海外に売りたいときは担当大臣(今なら文部科学大臣)の許可が必要、ということです。

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次に書くのは、黒田日出男さんの「吉備大臣入唐絵巻の謎」(小学館)で読んだ話です。

美術史学者の矢代幸雄氏は、この法律のできる直前の昭和8年(1933)1月にボストンでこの絵巻を観たそうです。しかし、満州事変の折から、この当時日本人はアメリカでは白い目で見られていたそうで、矢代氏も嫌な言葉を浴びせられるのではないかと憂鬱な気持ちで行ったそうです。
ところが、アメリカの人たちはこの絵巻を夢中で観ていて大変な評判になって、そこにやって来た矢代氏に次々に説明を求めてきたのです。矢代氏は涙を流して感激したそうです。

文化を愛するものの心は政治や戦争に左右されない。また、文化を愛する心を政治は動かせない。
そんなことを感じさせるエピソードです。

そういえば、文化財保護法も法隆寺金堂の壁画が焼けたことが制定のきっかけになりました。
何か危機的なことが起こらないと文化はなかなか守られないものです。
それどころか「文化を守ろう」などと言おうものなら

    「エセインテリ」

と罵るような者が横行する現代です。
しかし守るべき文化は守ろうと声を挙げねば、また「後追いの悲劇」が起こりうるのです。
私のような者はもうあまり怖いものとてありません。どんなにうるさがられようと守るべきものは守れと声を出し続けねばならないと思っています。

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