ニューフェイス 

色は匂へど散りぬるを わが世誰ぞ常ならむ

と、どなたが作ったのか、いろは歌は世の無常を詠じます。
昔は弘法大師こと空海が作ったと言われていましたが、今は否定されています。空海は書の名人でもあり、漢文の達人でもあり、何しろ優秀な人だったようです。
大内裏朝堂院の正門である応天門には当然

    「應天門」

の扁額が懸けられますが、その文字を書けと命ぜられたのが空海。達筆で書いたのですが、うっかり点を一つ書き落としてしまいました。そこであの弘法大師でも誤ることがあるのだ、という意味で「弘法も筆の誤り」という諺ができたそうです。このあと弘法大師はその点を付け加えるのにいちいち門から額を下ろすことなく、墨のついた筆を投げつけると見事に字が完成したというオチまでついた話が伝わっているわけです。
それはともかく、いろは歌の「色は匂へど」の「匂(にほ)ふ」は、以前も書いたことがありますが、「丹秀ふ」の意味です。赤い色が華やかに見えるのが「丹秀ふ」。ですから今でこそ「鼻で匂う」と嗅覚に訴えるのが「におう」ですが、本来は色の美しさに用いる言葉です。
桜の色はほんとうにきれいでした。まだ八重桜がありますが、ソメイヨシノなどはほぼ終わりです。ただ、先週末の風雨があったにしては意外に花が残っていました。あと数日は鑑賞できるでしょうか。
北千里にある、昭和40年代に亡くなった

    美声で有名

だった、春にふさわしいお名前の太夫さんの旧邸は門のところに鮮やかな枝垂れ桜があり、私も毎年門前に佇んで鑑賞させていただいています。
その他、この地域は豪邸があり、枝垂れ桜などの美しい庭も結構あるのです。個人のお宅なので、どれくらいまでなら写真を掲載していいのか判断が難しく、とりあえずやめておきます(笑)。

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さて、散る花もあればこれから本格的に咲こうとする花のような新人が町を歩いているのを見かけます。
私の仕事場にもこの春から卒業したばかりの元学生さんがパートで事務職員を勤めてくれています。
私もちょこっとだけ彼女には授業をした記憶があります。
とても明るく元気な人なので嬉しいです。先日挨拶がてら訪問したら、部屋には同僚教員が数人いて、早くも

    人気者

になっていたようです。何かとお世話になりますので、ちょっとお土産を持っていくと、すぐにメールでお礼を言ってくれまして、なかなか礼儀正しさもあるようです。教育がよかったのかな(笑)。

新人、フレッシュマン、ニューフェイス。いい響きです。
私は大学を出ると大学院に行ってしまったものですから、ニューフェイスと呼ばれることはありませんでした。初めて短大に正式に勤めたときは30代でしたし。
まだ着こなせないスーツに身を固めて、ネクタイの締め方もどことなく滑稽に見える若々しさ。新人はすぐにそれと分かりますね。
私はもう新人どころか、

    終着駅

に近づいています。いや、あるいはすでに終着駅を通過しているのに、それと気づかず(笑)走っているのかもしれません。

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コメント

春子師匠

「一の糸」のモデルですね。

部分的ですが、春子師匠のテープをもっています。美声で声量もあり、聞き応えのする太夫さんって感じがします。

英大夫さんは「奥さんは新地でお店をしておられて、師匠宅はとても粋でした」、松香大夫さんは「入門したら亡くなられて」と、話しておられました。

♪やたけたの熊さん

まだ五十代で亡くなられたのですよね。本当に
もったいない。越路、津時代を春子、越路、津時代にされていたはずなのに。いや、さらに大きな名跡を継がれていたかもしれませんね。
「酒屋」を語りつつ心筋梗塞で、ということでした。最後のほんのわずかな部分を残して倒れられ、嶋大夫師匠が残りを語ったそうですね。

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