心中紙屋治兵衛(10) 

治兵衛はまた炬燵に入って蒲団をかぶっています。おさんはまだ小春が忘れられないのかと蒲団を取ると、治兵衛は泣いています。さすがのおさんも、せっかく夫婦らしく寝物語もできるかと思ったのに、それはあんまりだと嘆きます。治兵衛は涙を拭って、
「この涙は無念の涙だ。小春に名残はないが、『たとえあなたと縁が切れて添えない身となっても、太兵衛には請け出されません。もし金の力で親方から無理に出されるなら見事に死んで見せます』と言ったのだ。生き恥をかかされて無念でならない」
と語ります。するとおさんは
「それなら小春は死にます」
と言い出します。治兵衛が否定すると、おさんは自分が手紙を出して治兵衛と別れさせたことを告白し、治兵衛も河庄での手紙のことを思い出し、それなら小春は死ぬ気だと思います。
おさんはなんとしても小春を助けたいから太兵衛より先に身請けをしてほしいと言いますが、そのためには新銀七百五十匁が必要です。そんな金はないという治兵衛の前に、まずおさんは新銀で四百匁の金を出します。そして残りの金を調えるために、箪笥の中から着物を次々に風呂敷に詰め、質屋に持っていくように準備します。治兵衛は
「もし小春を請け出したらお前はどうするつもりだ」
と問い、おさんは
「子供の乳母か飯炊きか隠居なりともしましょう」
と答えるのでした。

このあたりは近松の原作をかなり重んじているところです。

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着替えた治兵衛が家を出ようとするとおさんの父の五左衛門が現れ、おさんを連れに来たといいます。おさんも治兵衛もが必死で言い訳をしますが、五左衛門は去り状を書けと詰め寄り、おさんが持参した道具や着物を改め始め、箪笥が空になっているのを見て驚愕します。さらに三五郎が背負っていた風呂敷も広げ怒りは頂点に達します。
治兵衛は自害しようと脇差に手をかけますがおさんに制せられます。おさんは子供のことを訴えてなおも許しを乞いますが、五左衛門は強引に連れて行こうとします。子供たちが目を覚まし、母を慕いますが、もはやどうにもならず、五左衛門はおさんを連れて行きます。

以上の部分はほぼ近松の原作通りですね。ところがここから先はまるで違います。また『天網島時雨炬燵』とも違います。いよいよ話は結末に向かいます。初演時、ここから太夫も代わったようです。メリヤスが演奏されていたようです。

小春が姿を見せます。すべてを知ったことを告げた治兵衛は、心中しようと小春ともども網島大長寺に向かいます(道行などはありません)。六つの鐘の鳴るころ刀を抜放すと孫右衛門がやってきて、二人を制し、
「太兵衛の贋金がお上に露見して、五左衛門殿も赦してくれた、小春のことも考えがある」
と伝えます。空も白々と明けていくのでした。

ヘッ? こういう結末? と思ってしまいます。最後の最後に無理やりのようにすべてがうまくいきました、というのはよくある手法ですが、あまりと言えばあまりのような気もします。

『時雨炬燵』との違いについてもやはりいくらかメモしておきたくなってきました。
次の機会に書きます。

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