鎌倉は不記載 

今月16日からカンボジアで世界遺産委員会が開催され、新たな世界遺産登録が決まります。
日本から推薦されていたのは富士山と鎌倉。
富士山については、三保の松原を除外して登録(記載)するよう、ICOMOS(International Council on Monuments and Sites 国際記念物遺跡会議)が委員会に推挙しており、ほぼ確実と言われます。
一方鎌倉については、不登録(不記載)とされ、このまま委員会でも不登録と決まると再度推薦することはできないそうで、日本は推薦の取り消しをしました。再挑戦するには当然さまざまな資料の見直しをしなければならず、神奈川県や鎌倉市などはまた多額の税金を使わねばならないでしょうね。
日本の世界遺産、特に文化遺産は圧倒的に関西が多く、大阪府以外の府県にはすべて世界遺産があります。

  法隆寺地域の仏教建造物(奈良県)
  姫路城(兵庫県)
  古都奈良の文化財(奈良県)
  古都京都の文化財(京都府、滋賀県)
  紀伊山地の霊場と参詣道(和歌山県、三重県、奈良県)


という具合です。
その他の文化遺産はグスク(沖縄県)、厳島神社(広島県)、原爆ドーム(広島県)、白川郷・五箇山(岐阜県、富山県)、平泉(岩手県)、石見銀山(島根県)、日光(栃木県)ですから、いかに文化遺産が関西に多いかがわかります。歴史的に見てどうしてもこうなってしまうのでしょうね。
鎌倉は武士政権の元祖。日光東照宮が世界遺産で鶴岡八幡宮はそうではない、というのも残念かも知れません。
私が最後に鎌倉に行ったのは三年前。台風に遭って東京から帰れず、神奈川県在住の妹の家に泊めてもらった翌日、腹を決めて1日散策したのでした。とてもおもしろく、好きな町ですが、世界遺産というのとは何だか違うような気もしました。

    江ノ島電鉄

の線路は日本文化遺産にしたいくらいでしたが。

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世界遺産はダメでしたが、時代物浄瑠璃の舞台としては鎌倉は欠かせません。江戸幕府の隠喩として話の発端にしばしば用いられます。
おなじみ、

    『仮名手本忠臣蔵』

は四段目までと大詰は鎌倉。発端は鶴岡兜改でした。
大序独特の荘厳さは鶴岡がよく似合うのでしょうね。
鶴岡というと『奥州安達原』も発端はここです。鶴岡の謂れも描かれ、文治の鶴殺しにつながります。忠臣蔵も中心は京や山崎、山科などですが、そこでの悲劇の発端はやはり鎌倉。
武士政権の元祖の地が悲劇の発端。
当然といえば当然ですが、『和田合戦女舞鶴』も鎌倉が発端と大詰。二段目はやはり鶴岡でした。これも悲劇は京に移ります。
文楽9月東京公演は

    『伊賀越道中双六』

だそうですが、これまた第一(大序)は鶴岡。ここで酒と色に弱い和田志津馬が沢井股五郎に騙されて失態を犯し、そのあと鎌倉でお父さんは殺されるは、股五郎の母は自害するは、政右衛門の妻は離縁されるは、沼津で平作は自害するは、岡崎で政右衛門は子供を殺すは、伏見で十兵衛は志津馬に(わざと)殺されるは、それはもう道中双六よろしく各地で悲劇を振りまきます。
庶民の目から見ると、鎌倉(江戸)は武士政権を生み、悲劇を生んだ土地だったのでしょうか。
鎌倉は武士政権の元祖であるだけでなく、今日の仏教の基軸になる鎌倉新仏教が生まれ、鎌倉五山も長谷大仏もあります。文化の香りも漂う地です。さらに悲劇の発端の地。
鎌倉が世界文化遺産に再挑戦するなら、サムライの家、というだけでなく、世界無形遺産人形浄瑠璃が描いた日本的悲劇の発端の地というアピールもなさったらいかがでしょうか。

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コメント

鎌倉

東京転勤時、最寄り駅が大船だったので、よく行きました。作家の井上ひさしさんがナショナルトラス活動をされて、鎌倉の山は、開発されずに自然が多く残っているため、山を散策しました。岩タバコの群生地やカワセミがいたりして四季を通じて楽しめる場所でした。
最近読み始めた本は、その井上ひさしさんがの「東慶寺花だより」です。
狙ったわけでは無いのですが。

♪花かばさん

大船って半分は鎌倉市なんですね。いいところにお住まいでした。
東慶寺といえば縁切り寺。前回は北鎌倉には行けなかったのです。次回は是非に、と思っているのですが、次回があるのかどうか(笑)。

是非

北鎌倉は、仕事帰り乗り越す駅でした。
観光客が少なければいいのにと思う事もありました。今の時期特に紫陽花目当てで訪れますね。
次も行って下さい。駅近くの安い居酒屋さん紹介しますよ。

♪花かばさん

花かばさんはあちらでも有名人だったのでしょうね、特に居酒屋さんでは(笑)。

源氏店(げんやだな)

人形浄瑠璃から外れますが、「切られ与三」のお富と与三郎が流れ着いた、即ち、「源氏店」も鎌倉の筈、で。
しかし、これも史実は江戸、とは思いも寄りませんでした。
http://www.kabuki-bito.jp/kabuki_column/todaysword/post_174.html

♪しろくまさん

そういえば学生時代には岩波文庫だったと思うのですが、「与話情・・」の源氏店の「江戸の親にやぁ勘当うけよんどころなく鎌倉の谷七郷は喰い詰めても・・」というおなじみのせりふを一生懸命丸暗記していました。歌舞伎で覚えたのではなく、本で覚えたのでした。
鎌倉の源氏店は雪ノ下。扇が谷も近くですが、扇が谷といえば塩冶判官の屋敷のあたり。阿仏尼の墓も扇が谷。なんだかいろいろ思い出しました。

鎌倉、

実は鎌倉辺りは新幹線がショートカットするものですから全く不案内なのでした。

赤子時代には連れて行った、と母が言って居りましたが、記憶が無いのです。鎌倉とは鳩サブレとワイシャツと憧れるNHKのアナウンサーしか連想しませんが、地図を見ると湘南辺りの地理がちょっとだけ分かるようになりました。

本で憶えられた、と言うのは流石、です。何故か古紙回収ボックスに有った岩波の「義経千本桜」を学生時代拾って読んで居ましたが、何の事かさっぱり分かりませんでした。だから担当教官には睨まれたのか、と(笑)。

歌舞伎では二度観たのでは、と思います。与三郎が確か富十郎さんと勘三郎さん、で。廻り舞台が廻ると、まさに春日八郎さんの「お富さん」の世界、でした。

♪しろくまさん

鎌倉は確かに行きにくいというか、新幹線どころか本線からも離れてしまいますよね。
横須賀とか鎌倉とか、地図で示せといわれても自信がありません。神奈川県だよな、多分、という程度です(かなりの地理音痴)。

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