七月八日の歌 

七月七日は七夕です。もちろん旧暦の七月ですから、あと1か月ほど先の話です(今年は8月13日)。
しかしまあ世間では新しい暦で話が行われていますので私も一応話だけはあわせています。
今は明るすぎることもあって星なんてあまり見えませんが、それでもベガやアルタイル、さらにはデネブやアルビレオなど、夏の夜空にきらめく星はさすがに目立ちます。
天の川は山奥に行くか写真で見るか、そうでもしなければその存在すらよくわかりません。
写真を見るとほんとうに音を立てて流れる大河のような、あるいは

    

のようにも見えます。
牽牛が船を仕立てて渡るという伝説がなければ白糸なんていうものではなく、怒涛の飛瀑のように感じられます。
七夕の恋歌は万葉集から見られます。数が多いですから、とてもすべてを掲げることなどできません。

  久方の天の川瀬に
    舟浮けて今夜か君が我がり来まさむ

「久方の」という枕詞はとても好きなのです。天の川に船を浮かべて今夜あなたは私のところにおいでになるのでしょうか。織女の立場から詠まれています。

  秋風の吹きにし日より
    いつしかと我が待ち恋ひし君ぞ来ませる

七月の声を聴いて秋風が吹き始めると早くその夜が来て欲しいと待ち続ける織女です。その彼女のもとにやっと牽牛がやってくるのです。
今か今かと夫を待つ妻の心です。「霞立つ天の川原に君待つとい行き帰るに裳の裾濡れぬ」「天の川浮津の波音騒くなり我が待つ君し舟出すらしも」など、「待つ」は七夕のキーワードの一つですね。

彦星のほうも心は揺れるのです。

  彦星のかざしの玉は
    妻恋ひに乱れにけらしこの川の瀬に

  夕星も通ふ天路を
    いつまでか仰ぎて待たむ月人壮士

「夕星(ゆふづつ)」は金星、宵の明星です。金星が天の道を渡っているのに自分はまだまだ待たねばならない。彦星もやはり待つのです。
キーワードと言うと「日長し」というのも万葉集にはよく出てきます。「けながし」です。「け」は現代も「二日(ふつか)」「三日(みっか)」などの語に残る「か」と同じで、二日以上にわたる「日」をあらわす語です。会えない日々は長いのです。
こうして歌を挙げていくと、ほんとうにきりがありません。

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仕事がらみで縁のある平安時代の歌人に壬生忠岑(みぶのただみね)がいます。古今和歌集の撰者のひとりですが、身分は低い人でした。彼の詠んだ七夕の歌として古今集が採っているのは

  今日よりは今来む年の昨日をぞ
    いつしかとのみ待ちわたるべき

です。
今日からは、次に来る年の昨日を早く来て欲しいと待ち続けることになるのだろうというのです。つまりこれは七月八日の歌ということになります。必ずしも名歌だとは思いませんが、やっと出逢えた夜を過ごしてあっというまに夜が明けるともう待たれるのは次の七夕だと、はるかに遠い一年後を茫然として思いやるほかはない牽牛、織女です。理屈っぽさを超えて、彼らの思いを代弁しているように思います。
最初にあげた万葉集の歌「秋風の吹きにし日よりいつしかと我が待ち恋ひし君ぞ来ませる」にも「いつしか」「待つ」が出てきましたが、それは「秋風が吹き始めた日から」でした。壬生忠岑の歌は逢瀬の翌日からもうすでに「いつしか」と「待つ」というわけです。

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