教え間違い 

今でもしばしば間違ったことを教えてしまうことがあります。
これはいけないことです。予習が足りないのです。
『御堂関白記』の「御堂」というのは藤原道長が晩年に建立した

    法成寺

に由来するのです。ですから彼は「法成寺入道摂政太政大臣」などと呼ばれることもあります。わたしでもそれくらいのことはわかっているつもりでした。ところがある日、体調がかなり悪い(というのは言い訳に過ぎませんが)日に、頭がぼんやりしていたのでしょうか、「藤原道長の屋敷の中にあった御堂は『御堂関白記』の名の由来になりました」と言ってしまったのです。
研究室に戻ってきて自分の言ったことを振り返っているときに

    あれ?

と気がつきました。「今、こんなことを言わなかったっけ」⇒「何ということをいってしまったんだろう」というわけで、慌てて翌週にはお詫びした上で訂正しましたが、なさけない話です。こういう具合に、間違ったことをふと何かのはずみでいってしまうことがあります。

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専門外だから、と言うのもいいわけですが、私は敬語の使い方や手紙の書き方などを教えています。本来はそんなことができるはずがないのですが、なにしろこういうことをしなければ食べていけないのですからしかたがありません。今や私のように平安時代文学を研究する者など、こういう仕事に回されることはむしろ当たり前になっているといってもよいくらいです。要するに平安時代なんてかつてに比べたら

    需要がない

わけです。
ですから、大学院に行く学生も多くは高校教諭を目指すことになり、めったに大学教員にはなれなくなっています。
それはともかく、私はこの手紙の書き方でも間違ったことを教えたようなのです。
学生が、「他で聞いた話と違う」というものですから、あわてて調べてみました。すると案の定、私の話したこととは違ったことが書かれていたのです。ただ、(三度目の)言い訳をしますと、考えの基本は間違っておらず、ちょっとした感覚の違いと言うか、

    流派の違い

のようなものなのです。
しかし、一応あやまって訂正、というか、「こういう考え方もあるようで、世間ではそちらが一般的です」と話をしなければなりません。
まったくダメ教員なのであります。

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コメント

わたしの教えまちがい

わたしの場合は教室ではありません。深夜、地下鉄駅でのことです。

20年前、地下鉄・日本橋駅。最終電車に乗り込もうとしたとき、人の良さそうなオジサンから「これは難波に行きますか?」と聞かれました。

わたし何を思ったのか「はい」と言うべきところを「いいえ」と答えてしまいました。自分の過ちに気がついたのは電車が出発してから。

いまだに悪いことをしたなぁと、ちょっと胸が痛みます。

♪やたけたの熊さん

そのおじさんはきっとその夜はミナミのカプセルホテルで楽しい夜を過ごされたのでしょうね(笑)。
とっさに何か言われてつい思っているのとは逆のことを言ってしまうというのはありえますね。一種の防御本能なのでしょうか。

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