図書館通い 

いったい、この2か月の間に、何度図書館に通ったことか。まず、10回は下らないはずです。
そして、行くたびに3~5冊くらい借りて帰るので、けっこういい読書体験になったかもしれません。私はもともと大した読書家ではないのです。
小さな町の図書館ですから、何十万冊もの本を持っているわけではありません。

    専門書

などほとんど期待できません。もっともそれはそれで大学図書館や大都会の図書館を頼ればいいだけのことです。
考えたら図書館というのは奇妙なものです。一般に売っているものを無料で貸してくれるわけで、考えようによっては本屋さんの営業妨害のようにも思えます。
しかし、甲子園球場の野球を毎日のようにテレビ中継する放送局があっても好きな人は球場に行きます。むしろ普段はテレビで我慢して、ときどき球場で観るという楽しみ方もあるのですね。
本もまた、自分のものにしたいものは買って、どんなものか知りたいという程度のものは図書館で借りる、という利用方法もありそうです。共存共栄は可能だと思いますが、最近町の本屋さんがどんどんなくなっていきますからちょっと心配でもあります。神戸では私も何度も行った海文堂書店が閉店になるとか。寂しいです。

私の場合、古典文学に関するものはこの図書館を頼ることはあまりありません。
しかしそれ以外の分野ではほんとうにお世話になっています。
その典型が

    プランター菜園

などの本(笑)。これはもうほんとうにありがたい。
もっと本格的に菜園を作っている人なら手元に常備しておきたいでしょうが、私のように思いついたように一つか二つ栽培するというレベルではそんなに必要性は感じません。
ですから確実に借りてきます。

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もうひとつ、専門外の、買ってまで読もうと思わない本も図書館です。
この夏は生物学とか植物学とか動物行動学とか天文学、私の不勉強な分野のものをあれこれ借りましたが、こういうのは買うことはありません。買うくらいなら読まない(笑)。
こういう本はめったに触れることがないだけにとても新鮮です。世の中にはこんなことを考えている人がいるのか、というのがまず第一です。
苦手ではありますが、天文学はその中では割合に好きで、この夏も

    ベテルギウス

をめぐる本などを読みました。
星は、1000年なんてわずかな時間ですから、平安時代の人と我々はほとんど変わりなく見ているものです。動かない(ように見える)星はもちろんのこと、しし座流星群だって、ハレー彗星だって、同じように見ています。しかし、時として超新星が出現したりするとその常識は壊されます。かつてこのブログにも1006年に起こった超新星のことを書きましたが、ああいうものはその時の人でなければ見ることのできないものですよね。
哲学、思想の本もいろいろ借りました。これも普段はあまり読まないのです。
あとは小説やエッセイの類。著者の方には申し訳ないのですが、なかなか買えません。
噂によると、

    直木賞

をとった作家の本(特に受賞作)は図書館であっという間に予約だらけになるとか。
芥川賞よりも人気が高いのですね。

今も手元に数冊の図書館のシールの貼ってある本があります。図書館には、また今週中に返しに、そして借りに行くことになると思います。

もっとも、今の私が図書館を利用する一番の理由は、本を買うお金がないということなのですが(笑)。

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