伊勢、伊賀、松阪 

『伊賀越道中双六』の敵討ちは申すまでもなく伊賀でおこなわれたわけですが、今年の秋は伊賀といい、伊勢といい、三重県に注目が集まりますね。
伊勢の遷宮は黒田清子さんも活躍されました。学生は、黒田さんのことをほとんど知りません。まして、祭主の池田厚子さんとなるともうさっぱりです。そりゃまあそうですよね。
伊勢というと、文楽では『伊勢音頭恋寝刃』『勢州阿漕浦』があります。
ふと思い出しました。私はずいぶん前に伊勢斎宮を舞台にした

    斎宮暁白露

という新作浄瑠璃を書いたのでした。上演されるには至りませんでしたが。
大津皇子とその姉で伊勢斎宮となっていた大伯皇女との別れの話。万葉集にも残る

   わが背子を大和へ遣るとさ夜ふけて
    あかとき露にわが立ち濡れし 
   二人行けど行き過ぎ難き秋山を 
    いかでか君がひとり越ゆらむ

を使ったりしました。タイトルはこの上の歌を使って決めました。
文楽劇場の書庫には入っているのかな。

私はこんなに近くなのに、伊賀には行ったことがないのです。忍者の里、芭蕉の里でもあります。
文楽で伊賀というと、『伊賀越』のほかには『ひらかな盛衰記』「射手(いとど)明神」が思い浮かびます。今は「いで」でしょうかね。
近鉄で伊勢や名古屋に行くときに名張や伊賀神戸、榊原温泉などは通っても、伊賀上野は通りません。いつか行きたい場所のひとつです。

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三重県でもう一か所、気になるのは松阪です。

    本居宣長

の町です。ここは何度か行きました。ある時、名古屋で学会があり、私は一足先に逐電し松阪に行きました。誰にも会わないはずでしたが、宣長の記念館にいると、背中をぽんと叩かれました。何と、指導教授が奥さまと一緒においでになっていたのでした。先生も逐電組(笑)で、たぶんどこかで奥さまと合流されたのでしょう。
宣長は、伊勢からの戻り道の賀茂真淵に松阪で面会し、一夜あれこれ教わりました。「玉かつま」という本に書き残しています。まだ三十歳を過ぎたばかりだった宣長は、老大家の真淵に励まされ、基礎をしっかりしなさいと助言されます。この出会いは

    松阪の一夜

と言われ、昔は国語の教科書にも載っていたのです。
私の場合はまたいつでもお目にかかれる先生でしたが、「松阪での師との出会い」ということで、「私版松阪の一夜」と密かに呼んでいるのです。あのとき、特急で帰られたご夫妻とは松阪駅でお別れしました。奥さまは「あとでお飲みなさい」と粒入りオレンジジュースを持たせてくださいました。
まだお元気だった奥さまでしたが、その後、重い病に苦しまれ、まだ70歳そこそこで亡くなりました。
口の中を粒だらけにしながらオレンジジュースの味は忘れることができません。

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コメント

伊勢、伊賀、松阪

そう言えば伊勢、伊賀、松阪、と聞くとお三方の顔が思い浮かばれます。

伊勢→小学校時代の恩師(伊勢正三ではなく、)
伊賀→花かばさん
松阪→文字久さん

来期のだしまきには時間の都合上、中座して名古屋へ新幹線で向かいますが、帰りは未知の路線、近鉄特急でのんびりと大阪へ戻ろうか、と思います。

伊賀といえば

書かずにいられません。
射手明神は、今は射手(いて)神社私は氏子です。亡くなる前の父は神主してました。藤十郎さんがお望みならいつでもお連れしますよ。畑も手伝っていただこうかな?(笑)
ご案内して頂くツアーもいいですね。6名まで(私の車の都合ですが)
そうそう、竹ですが、黒竹ならいくらでもありますよ。雀用にいかがでしょう。

♪しろくまさん

学生時代に、所属学会が何年か名古屋に本部があり、年に一度は会場が名古屋でした。そんなときは必ず近鉄。安くて快適、伊勢にも寄れる、というわけで。
伊勢には斎宮の博物館もあるのでおもしろいです。

♪花かばさん

濁らずに「いて」と読むのですね。
一度、だしまき後日祭「花かばさんに伊賀に連れてってもらおう!」が実現しませんかね。
竹もありがとうございます。なんで花かばさんと同じ職場に勤めなかったか、といつも思います。

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