校長先生 

無理せずに兵庫県の高校教諭になっておけば、今ごろ私は

    校長

になっているかもしれないな、と思うことがあります。
よくも悪くもその方が平穏無事な教員人生だったかなと思います。
いや、今からでも校長になるチャンスはないわけではありません。各地に

    公募校長

の制度があるからです。
耳の問題がなければ、3年契約の校長になるのもいいな、と思います。

もっとも、公募校長とて安易に考えているととんでもないことになりかねません。
現に、現場の教員と軋轢があったり、経営やアイデアには目が向いても教育に熱意がない人がいるなど、いろいろな問題があるようです。採用するメリットがあまりない、という判断もあるようで、全国的に公募校長は下火だそうです。
管理職とはいえ、校長も教育現場の人です。子供の顔を見るのが好き、という人でなければなりません。
今年は、子供の顔より

  お母さんの顔が大好き

というセクハラ校長も話題になりました。
そして、即刻解雇だろうと思ったら、研修の上復帰させる方針という話もありました。最終的には辞職させるようですが、復帰の意欲(こういうのを意欲っていうのか?)を本人も持ち続けていたのだとか。そんなもの、子供も保護者も教員も「おかえりなさ~い」といって迎えてくれるわけがないでしょう。

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公募校長は教員とは違った感覚の持ち主、という点に特長があり、それはそれで一理あります。
しかし、だからといって、教育者としての感覚は不要なわけがありません。
自分の行為は、公になったらセクハラだ、という意味のことをくだんのセクハラ公募校長はいったそうですが、公にならなくてもセクハラだ、という認識を持たないと教育者としては失格。いや、まず、就任早々にセクハラしようなんて、もってのほかです。彼はあのセクハラを情報集めの手段のように言い訳していましたが、あれは目的だと思われても仕方がないでしょう。
私はダメ教員ですが、

    差別とセクハラ

をした覚えはありません。
大阪市も採用をやめるか減らすかになるだろうと思ったら、一時は35人に増やすと言っていました。さすがに教育委員会も考え直して35人を限度に、という考えになっているようですが。
こういう悪しき前例ができたからは、採用前に教育者としての研修をよほどきちんとしなければ、教員や保護者からどんな目で見られるかわかりません。問題を起こしたから研修、というのは逆かも。
さもないと、優秀な人までが、公募校長というだけで白眼視されるかも知れません。それもまた困りものです。
教員というのは概して

    一匹狼

です。真面目な教師なら全力で子供のために尽くします。しかし、管理職に管理されるのは御免だと考える人が多い。いや、むしろ子供のためなら校長なんてものともしないで楯突くくらいの教師だってかまわないくらいです。
そして、若い教師が楯突いてきたときにそれを包み込んで思いを吐き出させる度量のある人こそ校長にふさわしいのだと思います。
今、大阪市などが募集している人材は、校長ではなくコンサルに近いと思います。
コンサルを雇って学校の致命的な欠陥を補う助言を期待するならそれはひとつのアイデアでしょうが、それなら校長を雇うことはない。必要なら教員に企業の発想を持たせる研修を受けさせればよいと私は考えます。

うむ、そうなると、企業体験なんてしたくない私はやはり高校教諭になっていても校長にはなっていないだろうな…。

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コメント

元・区長

昨年大阪市のある組織の会合で、信じられない人物に会いました。元・大阪市立病院の医師で、その後区長になった人物。「自分はいまセクハラで訴えられているねん」とみずから出席者に吹聴していました。そのうえ出席者のひとりの女性に「飲みに行こう」としつこく誘う始末。

現・市長のお仲間だそうです。市長のお仲間が全員このような人物だとは思いませんが、医師や区長である前に「社会人として大丈夫???」と、何個も疑問符が並ぶような、信じられない人物でした。

♪やたけたの熊さん

自信満々の顔が目に浮かぶようです。そういう人物が世の中で「成功」するのでしょうが、だったら私はやはり「成功」したいとは思いません。
セクハラなんて世間で勝手に言っているだけで何も悪いことはしてないんだ、という感覚なのでしょうね。例の校長も同じなのだろうと思います。

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