年寄 

年齢を重ねることを成長ではなく老化と感じられるようになるのはいつごろからでしょうか。
年齢が上に積み上げられるのではなく、横からじわっと寄ってくるような感じ。

    寄る年波

というのは、年が寄るのと、波が打ち寄せるのを掛けた表現ですが、シワが寄るとも言いますから、この「寄る」は老化のキーワードかも。
年が寄るのはマイナスイメージがある反面、人間として熟したことを表すプラスの意味もあります。文楽の首、

    老女形

などは年を取った女性、というよりは、厚みのある熟した女性を感じさせます。
相撲の世界で、指導者は「年寄」の名を持つ親方。老人という感じはしません。むしろ壮年、でしょうか。
政治の世界でも老中とか若年寄なんて言います。
やはりあまり若いと、それだけで信用できない、という面があります。

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「老」によく似た語に「臈」(くさかんむりが「月」の上にもかかる形あり)があります。
『加賀見山』の尾上は「中老」と書きますし、実際そう使われていたようですが、あれは本来は「中臈」だったのだろうと思います。
両方とも「ロウ」と発音するので混同したのかな?
平安時代ですと、「上臈女房」「中臈女房」などと言います。「老」は「ラウ」、「臈」は「ラフ」なので、平安時代は発音の区別が明確で、「中臈」=「中老」と意識されることはありません。

    臈たし

という言葉もありますが、別語「らうたし(労いたし)」からの類推でできた語かと思われ、これも「らう」「らふ」の混同があります。
「臈」を使ったことばには

    臈たける

があります。「臈長け」の意味でしょう。もともと「臈」は仏語(フランス語ではなく、仏教語)で、受戒者が夏期九旬(3か月)修行して功徳を積むことなので、いかにも立派な年功を積んだ感じが「臈たけ」にはあると思います。単に年を取っただけではないのですね。

亀の甲より年の功、円熟、老練、しかし、私のように、年は重ねても臈が長けない者ほどたちの悪いものはありません。

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