錦秋公演第一部を振り返る 

書き忘れていました。
文楽錦秋公演は9月の東京に続いて『伊賀越道中双六』でした。
しかも、東京の演目に大序を付けたため、開演は10:30で終演は20:50という長丁場。
特に昼の部は休憩を含むと5時間半に及び、5800円はお得(笑)でした。

「鶴が岡」は久しぶりです。
ここは志津馬(=事件の発端)をしっかり観ておきたいので、やはり清十郎さんに注目していました。
清十郎さんが立役をお遣になるときには時々思うのですが、人物の思いがプツプツと切れることがあるのです。きちんとした若侍も色恋には度を失う青年に過ぎないわけですが、度を失うわずかな心の揺れがもっと動きに出てもいいのではないか。心の中(裏)の問題ではありますが、それが動き(表)に出てこそ文楽人形なのではないかと思っています。心の中を表す言葉に「した(下)」と「うら(裏)」がありますが、「した」はじっと押し隠した心、「うら」は正面からでは見えない心です。「した」は「肚」として持っていていいと思うのです。一方の「うら」を表に見せることは「大げさな表現」として嫌われるところかもしれませんが、私はやはり必要だと思っています。「うしろぶり」なんて、完全に「うら」が「おもて」に出たしぐさでしょう。
志津馬でいうと、勅使警護という重要な職務に専念すべきところ、どうしてそうもいとも簡単に瀬川に心揺れるのか、建前の自分をいかに見失うのか、それがどんな影響を及ぼすのかを認識しているのかいないのか、なぜああの簡単に酒を口にするのか、なぜ質入の書類を書くのか、そのいちいちの経過が見えにくくて志津馬を笑いも憎みもできませんでした。失礼なのを承知で申しますが、清十郎さんの二枚目はきちんとした正確な動きで端正なのは比類ないくらいですが、しばしば感情移入のしにくい男に思えるのです。
清十郎さんご自身がまじめで誠実な方だけに、もうちょっと勘十郎さんみたいにはっちゃけたら(笑)いかがかとすら思ってしまいます。
私がしばしば使う言葉を用いるなら「志津馬の時間」が流れないのです。
私はやはりいかに絶品のお染やお駒があっても清十郎さんにはまだ満足していません。
だからこそ、これからも清十郎さんには例えば保名のような役をつけていただけないものかなと思ったりします。
言いたいことを言ってほんとうにごめんなさい(特に数多い清十郎さんファンの皆様にお詫びします)。

「和田行家屋敷」
沢井股五郎は頭が良いのか悪いのか。いい加減なことをさせると天下一品、というような男。とにかく出たとこ勝負で、都合が悪くなると何でも詭弁で煙に巻こうとして結局はどんどん堕ちていくタイプ。いや、市長さん、あなたのことを言ったのではありませんのであしからず。
その股五郎のいい加減さが玉輝さんによく映っていました(って、これ、褒めてることになっていますか?)。ポッ、ポッと瞬間的に思いつきを口にする、そんな股五郎らしさが見えました。亀次さんの人形については以前はどうにも文楽人形というよりはデクのイメージを持ってしまって、あまり買っていなかったのです。しかし、最近脇のちょっとした役に味が感じられます。今回は行家の微妙な心の動きが見えました。亀次さんも還暦になって人間的にもますます円熟されることと思います。期待しています。

「円覚寺」
床のことを言うな、とお叱りを受けますが、靖大夫さんは最近何か掴んだかのようにステップアップしたと見ています。口捌きが以前のようにだらんとしたものではなく、浄瑠璃語りらしく見えます。何よりもいいと思ったのは目の留め方。視線が浮いていないのが太夫らしくて好もしいのです。
昵近の侍が出てきますが、こうやって並んでみると、やはり玉翔さんに一日の長があるというか、彼を軸に動いているという感じになります。
さて和生さん。武士の中に入ってもあまり卑屈な様子は見せません。つまり、リアルな商人というよりはチョイ役ではないしかるべき存在という」役どころを感じさせられました。私の好みとしてはこの場はもう少し腰が低くてもよいのだけれど、という感じです。簑二郎さんの城五郎はニンが違うように思いますが、そつなくこなすところはさすがだと思いました。これくらいのキャリアになれば、多少のニンの違いなどなんでもない、というところを見せてくれるのが頼もしいです。その上で二郎さんに合った役で魅了してくださればよいのだと思います。
文司さんの鳴海はこの場では肚を割らずに、闇道での告白につなげ、全体としてきちんとした役割を果たされたと思いました。

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「政右衛門屋敷」
私にとって、今回の上演ではここが白眉でした。
簑紫郎さんの腰元おみちは手数が多すぎるくらいでしたが、かまわないと思っています。その動きの生き生きした点に今は注目していたいからです。相役の腰元およし(お福首)のチョかチョ貸した様子(遣ったのは紋臣さん)とは違って、娘首らしさもきちんと見せていました。簑紫郎という人は立役もキレがある>ので、末恐ろしいと思います。
渋く銀屏風で出た咲大夫さん。来年古希を迎えられますがいよいよ第一人者の立場ですね。趣向の勝った段だとは思うのですが、その趣向さえ理で通してしまうのが浄瑠璃の力でしょうか。
玉佳さんの石留武助は自分を殺して相手の気持ちに寄り添っていく実直で誠実な人物を見せてくださいました。メリハリのある動きは最近出色です。
玉也さんの五右衛門も味があります。「藤川」の助平より私はこちらをとります。
そして玉女さんの政右衛門。堂々とした構えで、本当に立役の華に近づきつつあると思います。仇討ちの話をして詫びる誠実さ、酒に紛らせて(あるいは紛らせるふりをして)延べる本心が政右衛門の人となりをよく見せてきたように思います。鬼を欺く政右衛門の身体の大きさは性根の詰まった大きさ、肚の大きさ。肉体よりもその肚の大きさが見えました。当然、玉男師匠の政右衛門が亀鑑になっているのでしょうが、私は「玉女の政右衛門」になっていたと思いました。型や演出のことではなく、政右衛門と言う人物を玉女さんが手に入れたという意味で。私は「岡崎」よりもこちらのほうがよかったように思っています。
和生さんのお谷。政右衛門の様子を最初は立ってうかがう(文字通り「立ち聞きする」)のですが、途中で崩れるように腰を下ろして話を聞いています。彼女くらいの人なら普通なら初めから座っていると思うのですが、心が先立って彼女を立たせ、そのあと心が崩れるにしたがってへなへなと落ちていく、そんな様子を描いているのだと思いました。
「あほか」といわれそうですが、付言します。この段など黒衣で使われたらどうなんだろう、と思いました。今回は鶴が岡だけでしたが、端場や、切場でも浄瑠璃を堪能する場面などは黒衣をうまく使ったらどうなんだろうと思いました。

「誉田家大広間」
咲甫さんは以前しばしば目が浮くというか、定まらないことがあって気になっていたのですが、しっかりとした床の作法が身についてきたように思いました。
この場面、五右衛門の切腹を止めるのはツメ一体。彼の覚悟を思うと、もう一体欲しいと思ったのですが、余分なのかもしれません。こういうところは稽古でやってみないとちょっとわかりません。
勘寿さんの大内記は前半あまり殿らしく見えませんでした。かれもまた本心を隠していますが、それが見えすぎたように思いました。前半の引っ込みなどは、本心はちらりと見せる程度でもっと悠々としてもよいのではないか。後半は槍を持つこともあって難しい役だと思います。バランスもとりにくいし、意外に難役だと感じます。

「沼津」
富士山を背に下手から上手に歩く、「江戸へいきますのか?」と冗談をひとつだけ。芝居にとってそれはどちらでもいいこと。富士山といえば東京公演よりも描き方がやや遠いでしょうか。富士山は麓の人にとっては大きな笠でもあると思うのです。富士山という笠に守られて生きていく自分たち、という意識があったのではないでしょうか。その意味では少し遠めでもいいかな、と。
簑助師匠はお米のためらいや決意など、本当にまざまざとその性根を見せてくださいます。クドキは本当に観ものでした。人形を遣う境地を超えて、浄瑠璃を遣い出した簑助というとわかりにくいでしょうか。へんな言い方ですが、このクドキを観ただけで5800円の価値があると思いました。たしかに簑助師匠の動きは50代の頃に比べるとパッと飛び散るような華やかさや舞台を動き回る時の自在さはないのかもしれません。しかしこれが芸の円熟と言うのかという、動じがたい魅力を感じます。
十兵衛は父や妹よりひと足先に自分の身の上を知ることになります。そこから「十兵衛の時間」が始まります。父娘とは微妙にずれる時間を和生さんは描いたと思います。父娘の時間との食い違いが消滅して完全に一致したあと(千本松原に至ってから)は千本松原で父に笠をかけると背けていた目を父に向ける。それは彼の意思というより、いつの間にか眼が動いてしまったという感じでした。あの笠は平作を守るもうひとつの富士山だったのだろうと思います。
勘十郎さんの平作には何を言えばいいのでしょうか。小揚の部分では足遣いさんがよくついていったと感心しました。あれは勘次郎さんなのでしょうか。うまいなぁ、と思いました。プログラムの勘十郎さんのインタビューにも書かれていますが、あそこは足遣いさんの腕の見せ所、もし勘次郎さんだとしたらこの人は相当うまいと思います。簑次さんなのかな? 千本松原は泣かせどころですが、父と子の会話が胸を打ちます。父は息子の言うことを生意気だと思い、息子は父親の言うことを押し付けがましいと思い、あまりたいした会話をしないことが多いと思うのです。この場面は話したくはあっても敵同士であり、そのあと父が瀕死になるという状況でそれができない。しかし、それぞれが話をしてずれも大きいのにそのずれが逆にお互いを引き寄せるという、父子の真実を捉えた名場面だと思います。例によって勘十郎さんは死んでいく平作の描写が圧巻。時間の動かし方がすばらしい。勘十郎さんのインタビューに「死に向かっているのですから息の状態は変わっていく。苦しみながらも十兵衛と話をして、息を継ぐところが何度かあります。その浄瑠璃の間をはずすと台なしになるので気をつけています」という一節はとてもよく理解できました。私などが付け加えることはありません。

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