検非違使 

「検非違使」と書いて何と読む?
と問われて「けんびし」と答えた方は文楽の見すぎだと思います。文楽では『用命天皇職人鑑』の検非違使勝船に使われたそうですね。
本来は「けんびゐし」なまって

    「けびゐし」

です。
平安時代に京の非違する令外官(令の規定にない官職)です。手っ取り早く言えば京都府警、あるいは当時の警視庁でしょうか。原則的に衛門府の職員が兼任します。警察の仕事だけでなく、訴訟や裁判まで扱うようになり、警視庁兼最高裁。こうなると権力が強大化していきますよね。
長官は別当といい、譜第(代)、器量、才幹、有職、近習、容儀、富有が求められました。家柄がよく、人徳も行政手腕も学識も財力も求められるなかなか難しい職だったのですね。

    藤原公任(ふじわらのきんとう)

がこの職にあったとき、藤原道長に追従する姿勢があったので、一門(藤原公任は藤原氏の中でも名門の小野宮一門でした)のうるさがたの藤原実資(ふじわらのさねすけ)が「検非違使の別当なのに」とぼやいたことがあったほどです。
ただし、別当は現場で犯人逮捕に向かうわけではありません。

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平安時代中期の記録ではトップの別当以下、佐(すけ)、尉(じょう)、志(さかん)、府生(ふしょう)が1人ずつ、それに9人の火長(かちょう)があり、火長のうちわけは看督長(かどのおさ)1人、案主(あんじゅ)1人、佐の従者2人、尉の従者2人、志の従者1人、府生の従者1人になっています。人数は時代とともに変化します。
さらにその下には

    放免

という者がいました。これは前科のある者で文字通り放免された者。こういう人物を警察に取り込んで犯人の捜索や逮捕に当たらせました。犯罪者を警察官にする、なかなかおもしろいですが、やはり彼らの中には権力をちらつかせてよからぬことをする輩もいたのです。
この、佐(すけ)以下が現場に出ます。
何らかの犯人を逮捕に向かう時はたとえばリーダーとなる佐や尉が太刀や弓矢を身につけ、甲冑に身をかためた随兵や徒歩の下部が従います。 犯人が抵抗するかも知れませんから、武装するのが決まりです。
応天門の火事を描いた

    伴大納言絵巻

は9世紀の出来事を描きつつも実際は描かれた時(12世紀末)の社会を写しているようですが、これを観ますと、誰も火を消すなどという考えはないようで、出動するのは消防ではなく検非違使。
野次馬たちは今と同じでただ燃える応天門を見上げています。

この絵巻には検非違使が冒頭や末尾に描かれていて、絵画資料としてとても有益です。

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