エビ 

広島に引っ越すことになった時、さてどこに住むかということになり、数件紹介してもらいました。
最初に見せてもらったのはけっこう広いアパートでしたが、家賃を考え、いまひとつかな、と思いました。「ほいじやぁ、カイロウエンのアパートに行きましょうか」と言われ、また連れていってもらいました。「カイロウエン」というのが地名のようでした。行ってみると新築でまだ工事の仕上げ中。2DKで広すぎるかとも思ったのですが、本を置かねばならず家賃もまあまあでしたのでそこに決めました。
ところが帰ろうと思って近くの電柱を見ると「エビゾノ」という地名が書かれていました。私は「カイロウエン」=「開楼苑」みたいな字をぼんやり考えていたのです。
するとそうではなく、

    海老園

だったのです。なるほど、カイロウエンに違いありません。しかし、とっさにエビゾノと読んでしまったので、「カイロウエン」はとなりの区画かな、などと考えていました(その場で聞けばよかったのですが、広島弁の嵐でちょっと怯えていました…笑)。ところが契約書が届くとやはり「海老園」とあったので、「やっぱりエビゾノじゃん」などとしつこく誤解していました。

エビは「海老」とか「蝦」と書きますが、本来は「海老」は歩行するエビ、「蝦」は浮遊するエビという目安があるようですね。
とすると伊勢海老、車蝦。
伊勢海老なんて、ご無沙汰してるなぁ(笑)。
歌舞伎役者も

    市川海老蔵

と書きます。当代は十一代目ですね。この「エビゾノ」、じゃなくて「エビゾウ」は初代団十郎の本名だったそうですね。蝦蔵または海老蔵。

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そのエビゾウ君は子供の頃から芝居好きで、役者になって先祖(彼の家、堀越家は武田信玄に仕えて甲州市川に領地をもらった)ゆかりの地である「市川」を姓として、名を「段十郎」としました。この「段」は「蝦」の虫へんを取ったものだとか(ちょっと違うぞ、なんて細かいことは抜きにして)。
その後、「段」を「團」に改めて今に続くわけです。
初代の息子の九蔵(初代の父「重蔵(十蔵)」から一を引いて「九蔵」)は初代の横死のあと二代目を継ぎ、48歳のときに養子に三代目を譲ると自らは父の幼名である海老蔵を名乗りました。以後、海老蔵も芸名になったのですね。

    海老蔵から団十郎

を襲名、というのは六代目団十郎が最初だったそうです。
初代団十郎は京にも上ったことがあり、そこで俳諧も学んだそうです。師匠は椎本才麿で、京では『巡逢恋七夕』という芝居で牽牛を演じていたらしく、師匠の名の「才」と役名の「牛」から、俳名を「才牛」としたそうです。二代目団十郎も俳諧を好んだことは以前書きました。

さて、当代海老蔵は役者としてさまざまな評価があるようですが、団十郎を継がねばならない立場というのはつらい面もあるだろうと察します。華はあるのですから、しっかり精進して

    十三代目

を継いでいただきたいものです。

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