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湯屋 

髪結いのことを書きましたので、ついでに湯屋も。
風呂というのはもともと蒸し風呂、つまり蒸気にあたるもので、「風呂」の語源も一説では「室(むろ)」ではないかと言われます(茶道の「風炉」かとも)。
江戸時代には浴槽つきの湯屋も出てきて、それが今につながるようです。初めは今のように肩までつかるのではなく、戸棚風呂といって腰までつかるものだったようです。
浴槽部分と洗い場とは別で、その境目には

    石榴口(ざくろぐち)

がありました。これを出入りするのですが、立ったまま出入りすることはできないくらい鴨居にあたる部分が低くなっています。這って出入りするか、そこまで極端ではなくても屈んで入らなければならないのです。なぜそんなことをするかというと、蒸気が外に逃げないためだとか。
石榴口というのは妙な名前ですが、これは鏡を磨くのに石榴の実の酢を使ったため、「鏡いる(鏡を磨く)」と「屈み入る」(かがんで中に入る)を掛けたのだと言われます。
石榴口には立派なデザインをするところがあって、鳥居や破風のようにしてあったそうで、絵にも残っています。山東京伝の「賢愚湊銭湯新話(けんぐいりごみせんとうしんわ)」から引きます。

石榴口
石榴口(賢愚湊銭湯新話)

絵の左側に石榴口を子供を抱いてかがんで通ろうとしている人が見えます。この石榴口は破風仕様ですね。右ページの左下に小さな出入り口のようなものがあって、奥にひしゃくが見えていますよね。これが後述する岡湯です。

鳥居形の石榴口は『守貞謾稿』にあります。

石榴口(守貞)
鳥居形の石榴口(守貞謾稿)

女性は湯巻とか湯文字と言われる腰巻を、男性は褌をつけて入るのが古い形ですが、次第に何もつけなくなります。
やはり前を隠そうとしますが、石榴口の出入りに子供を抱いていると前を隠せません。そこで

    抱いた子をふたにして出る石榴口

ということになります。先ほどの絵がそんな感じでしょうか。
ちなみに、石榴口の奥、つまり浴槽の方はかなり暗かったようです。浴槽に入るときは「一家も一門もない田舎者でござい ごめんなさいまし」などといって挨拶して入ったといいます。

浴槽
湯に入ろうとする人(賢愚湊銭湯新話)

右ページの湯加減を確かめている人がまさにこれから湯に入ろうとしています。この人が「いつけも一もんも(一家も一門も)・・」と言っているのがこの人物の背中の上に書いてあります。

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もともと混浴でしたが、次第に風紀上の理由で別々になり、特に裸で入るようになるとさすがにだめでしょうね。
洗い場には

    湯女(ゆな)

がいて、背中を掻いてくれます。そう、背中を流してくれるのではなく、掻いてくれる感じ。爪で垢落としをしてくれました。湯女もやがて禁止されるようになります。
背中を流してくれる男性というと「三助」。女湯でも働いたそうです。私などとてもできそうにありません。
上がり湯にあたる

    岡湯

は湯くみという人がひしゃくですくって差し出してくれます。
浴槽の湯はどうしても汚れていますから、ここできれいさっぱりですね。

湯くみ(賢愚湊銭湯新話)
湯くみ(賢愚湊銭湯新話)

先ほどは表から岡湯を汲んでくれるところを見ていただきましたが、これがその裏側。湯くみがこうしてひしゃくですくって湯を入れてくれます。この人物の左側が開いていて、その向こうにいる客に岡湯を差し出します。

先日も書きましたが、男湯の二階には休憩室のようなものがあり、そこで碁や将棋を楽しむ者もいたようです。

湯屋の二階(賢愚湊銭湯新話)
湯屋の二階(賢愚湊銭湯新話)

湯屋の話、もう少し続けます。

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