絵本家賀御伽 

先日来、江戸時代の風俗を知るために『絵本家賀御伽(ゑほんかがみとぎ)』(1752年)を用いてきました。大坂の絵師長谷川光信の絵に栗柯亭木端の狂歌をあわせたものです。奥付に刊行は「寛延五歳正月吉日」としていますが、寛延は四年で宝暦と改元されており、寛延五年はつまり宝暦二年ということになります。
天満天神の金魚屋にはじまる、さまざまな風俗が描かれています。同じ絵師による『絵本御伽品鏡』もいくらかご紹介しましたが、『家賀御伽』はその続編のようなものです。
いくつかご紹介します。
覗機関(のぞきからくり)はご存じでしょうか。私は小さい頃に一度だけ覗いたことがあります。何かの祭に連れて行ってもらったときなのですが、詳しいことは何も覚えていません。大阪歴史博物館にありますね。筒状ののぞき部に目を当
てると、絵が出て、それが変わっていくのに合わせて祭文語りの形で説明があるわけです。
『家賀御伽』には「景色(けいしよく)をたつた一目にみたるとはのぞきの中の山河やいふ」とあります。名所を見せるのぞきです。景色を一目ですっかり見たというのは、のぞきの中の山川のことをいうのだろうか。

絵本家賀御伽 のぞきからくり

のぞきからくりは上方では「のぞき」、江戸では「からくり」と略すことが多かったようです。守貞謾稿(1853)には、江戸では四文で、まれに八文ののぞきからくりもあったと記しています。そして、のぞきからくりの絵に登場するものとして「於七吉三恋緋桜」「於染久松妹背門松」「於半長右衛門桂川恋柵」「石川五右衛門釜ヶ淵」「女盗賊三島於仙」「忠臣蔵」を挙げています。

手品というのは昔からありますが、「天満宮境内おてゝこてんの品玉」。「おててこてん」と太鼓の音を模して囃しながら見せるものです。「おててこてん、すててこてん」と言ったようです。「きやうとへも のぼるかしらず しな玉は おてゝこてんま 天神のうら」とあります。京へ昇るのかどうかはわからないが、品玉はおててこてんと天満天神のうらで見せている。

絵本家賀御伽 品玉

源太風流舞というのもありました。「舟ならで梶原まふも世のなみがさしづめわたりがたきゆへかや」。舟でなくて楫を指すように梶原限太の舞を舞うのも世の中の波がさしずめ渡りにくいものだからだろうか。

絵本家賀御伽 現太風流舞

紙人形遣いというのもみつけました。「三教を 一致にせしか かみ人形 のりでかためて くしで遣ふは」。儒教・仏教・神道の三つの教えを一致にしたのか、紙(髪)人形はのりでかためてくし(櫛、串)で遣うということは。

絵本家賀御伽 紙人形

大道芸には「ちょろけん」もあります。「ちよろけんと いへどあたまは 福禄寿 ひく三味のねの つんとつまらぬ」とありますが、福禄寿の被り物をしています。

絵本家賀御伽 ちょろけん

私はあまり観たくありませんが(笑)「蛇遣い」もいました。「気味わるく よそにこそ見れ 藤ならで はひまつはれし くちなはつかひ」の歌が添えられています。

絵本家賀御伽 蛇遣い

蛇のついでに虎を。新町東口「虎屋」です。「東口 はいると恋風 生するは とらのうそふく みせあるゆへ歟」。こういう置物がしてあったのですね。新町の東口を入ると恋の風が吹くというけれど、あれは虎のうそぶく店があるからであろうか。

絵本家賀御伽 虎屋

色が白くなる薬というのもありました。「やすよねも 高ねのおやまの 白妙の 雪のはだへと なせる妙薬」。安い女郎も高値(高嶺)の女郎のように真っ白な雪の肌にしてくれる妙薬だ。

絵本家賀御伽 色白薬

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物売りはいろいろありますが、下の絵は「けんけらそう」売りです。「草ならぬ 身すぎのたねの けんけらさう 口にまかせて 売弘めけん」とありますから、やはり口上が重要だったのでしょう。草ではなく身過ぎ世過ぎの「たね」であるけんけらそうは口任せで売り広めたのだろうか。「けんけら(そう)」は、大豆を粉にしたものを水飴で固めた菓子で、今も福井県大野市の銘菓としてネットでも買うことができます。

絵本家賀御伽 けんけらそう

最近、家の中にあまり鼠はいませんが、昔はいましたよね。いるとしたらハムスターくらいのものでしょうか。殺鼠剤というのもありました(もちろん、今でもありますが)。古くは「猫いらず」といいましたが、江戸時代も同じです。「猫いらずの 薬の妙は 売とはや ねずみより先(まづ) 銭を取けり」。行商する猫いらず屋は「猫不入鼠取」という小さな幟のようなものを腰につけています。

猫いらず

魚屋はおなじみですが、江戸と上方ではちょっと違ったようです。下の絵は上方ですからかごを幾つも重ねてその中に魚を入れています。江戸だと盥や桶に入れていますよね。下の絵は堺街道を描いたもので「堺街道どうぞどうぞといふ盲人 魚荷の行街道でどふぞどふぞといふは うるめやほしく思ふ盲人」と右ページにあり、左ページに棒手振の魚屋が描かれています。「こつじきに 銭やる人と 鳥さしは げに善悪の さかひかいだう」。

堺街道

下村彦右衛門正啓といえば京伏見に呉服商「大文字屋」を開き、大丸を興した人です。この日とはさらに大坂心斎橋筋に「松屋」を出店(現在の大丸の地)しました。下の絵はその松屋です。看板に「下むら」、のれんに「現銀かけねなし」の文字が見えます。丸に松、丸に大も。実はこの絵を掲げたのは、その店先に出ている人形芝居をご覧いただきたかったからです。右隅には三味線を弾く男もいます。九枚笹の竹田の紋も見えます。

人形芝居

こういう絵を観ていると時間を忘れそうになります。

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