名所江戸百景~増上寺周辺 

父親が東京港区の芝公園に長く居ました。
首都高速もすぐ近く、一日中うるさいのですが、不思議なもので何日か逗留すると気にならなくなります。人間の耳はうまくできています。必ずと言ってよいほど地震もありました。これは気にならなくなる・・ことはありませんでした。
もよりの駅は、JRなら浜松町、地下鉄なら三田線の芝公園。
実は、私は大学受験で東京の三田にある大学にも合格していました。もしその大学に行っていたら父親のアパートから歩いて通えたのです。そして、もっとこまめにあのあたりを歩けたのです。
首都高速の下を流れる

    古川 (渋谷川下流)

には赤羽橋や金杉橋が架かります。それぞれの地域では「赤羽川」「新堀川」「金杉川」とも言われます。広重はこの川の上流を第二十二景「廣尾ふる川」に描いています。聖心女子大学の近くでしょうかね。
下流に戻ります。赤羽橋は桜田通り。昔の東海道。金杉橋は第一京浜で新しい東海道。金杉(金州崎)は落語「芝浜」の金さんの住まいですね。広重の『名所江戸百景』第八十景は「金杉橋芝浦」。

名所江戸百景080
↑金杉橋芝浦

十月の風景です。手前に金杉橋の欄干がわずかに見えています。橋を占領しているのは江戸講の日蓮宗門徒。日蓮宗の寺紋の「井桁(いげた)に橘」や「講中」の文字がそのことを示しています。おそらく垂れ幕を先頭に橋を手前に進んでいる様子で、十月十日から御会式がおこなわれる池上本門寺に行くところでしょう。左下には「魚栄梓」の文字も見え、これは前回も申しました『名所江戸百景』の版元の名です。赤い幕には「一天四海 皆帰妙法 南無妙法蓮華経」の文字が見えます。すその向こうはもう海。そしてはるか遠方には築地本願寺の屋根も見えます(真ん中左寄りの高い屋根)。

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徳川の菩提寺と言えば上野の寛永寺と芝の増上寺。広重は増上寺を二つのアングルから描いています。ひとつは第五十三景「増上寺塔赤羽根」。

名所江戸百景053
↑「増上寺塔赤羽根」

増上寺境内は今よりはるかに広く、五重塔もありました。芝丸山古墳のあたりらしいのですが、昭和20年の東京大空襲で焼失してしまいました。このあたりも私はよく歩きました。絵の右にあるのがその五重塔です。そして中央に赤羽橋が架かっており、左側には有馬中務大輔の屋敷。ひときわ高い火の見櫓が目立ちます。古地図を見ますと、この屋敷の北西の隅に水天宮があり、その幟らしきものが六本うかがえます。夏の風景です。

もうひとつは第七十九景「芝神明増上寺」。

名所江戸百景079
↑芝神明増上寺

秋の夕景です。左奥にあるのが大門。今もあります。その奥には寺の本堂の屋根。托鉢の僧が十二人見えます。夕方の七つ時から拍子木を打って托鉢したので「七つ坊主」といわれたそうです。その前のご一行様はかなり雰囲気が違います。おそらく増上寺の参詣帰りでしょうが、あまり都会的な感じがしません。語弊があるかもしれませんが、田舎のおじいさんおばあさんなどではないでしょうか。念願かなって増上寺に参詣し、ホッとして宿に向かっているところかもしれません。右手の両国国技館の吊屋根のような(笑)建物(要するに神明造の建物)が飯倉神明宮あるいは芝神明宮、今は芝大神宮といっています。というよりは歌舞伎『神明恵和合取組』(め組の喧嘩)の舞台となったところですね。

広重は増上寺界隈の絵としてこのほかに「芝愛宕山」(第二十一景 春)と「愛宕下藪小路」(第百十二景 冬)も描いています。

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