梅王、桜、杉王 

「車曳」を観ると、仁左衛門(13代)、我當、秀太郎、孝夫のことを思ってしまいます。十三代目は歌舞伎役者としても立派でしたが(晩年に演じた菅丞相は語り草になっています)、男子三人に恵まれたのも幸せな方だったと思います。
そしてまたこのお三方は梅王(我當)、桜(秀太郎)、松王(孝夫)が実によく映る。仁左衛門が時平を演じて、一家でこの場ができてしまったこともありました。
梅王は長男格で、菅丞相の愛する梅とも名前に縁があり、丞相に仕えている。もちろん忠義。腕っぷしも強い。ただ、一本気に過ぎてどこか抜けたところもあって、父親の白太夫はそのあたりがちょっと心配でもある。今回はこの梅王を

    文司さん

が演じました。文司さんはこの芝居なら源蔵がニンかなとも思うのですが、予想外に(というと大変失礼ですが)今回の梅王はよかった。松王と対等に渡り合い、桜丸への思いやりも見せる。喧嘩も迫力がありました。私はこの公演での好演者として文司さんを挙げたいと思っています。
師匠の文吾さんがそのお名前の五代目襲名されて30年あまりになると思いますが、まだまだと思っていたのに亡くなり、こうなったら文司さんが六代目をとずっと思っていました。しかし、いつも安定しているのになかなかこれといった大当たりがなかったように思われ、今に至っています。私は玉女さんが玉男を襲名されたら、次は文吾が復活してもよいのではないかと思っています。
今回の桜丸は

    清十郎さん

でした。これはこのかたのニンだとは思うのですが、今回は肝心の「切腹」を遣われなかったので印象が今一つに終わってしまいました。次回は切腹こそしっかりこのかたで見たいと思っています。「車曳」ではちょっと淡白な桜丸だったように感じました。
「切腹」は簑助師匠でしたが、そういえば越路師匠の引退の時も簑助師匠が桜丸でした。簑助師匠は女形はもちろんですが、こういう立役もよくて、覚悟を極めた桜丸の表情はよくうかがえました。私は簑助師匠の検非違使、源太、若男はけっこう好きなのです。

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勘十郎の松王、清十郎の桜、文司の梅王に、もう一人花粉症の方には気の毒な名前の杉王がでてきます。これは時平側ですから松王と仲間。相手が梅と桜ならこちらは松と杉ですね。
これを今回

    簑紫郎さん

が遣いました。これがまたかっこうがいいのです。この人はとにかく人形の形を崩さない。立役でも女形でも子役でも形がきれいです。杉王も肚のある役というものではありませんが、かっこうだけはつけないとせっかくの華やかな場面をダメにしてしまいます。三人兄弟に比べるとキャリアのない人形遣いさんの仕事になりますから、なかなか難しいところです。しかし簑紫郎さんは三人に後れを取らず、よく頑張っていらっしゃいました。この人も私は好演者に入れたい人です。
さて、「車曳」といえばもう一人時平です。今回は玉輝さん。これまたよく映ります。いわゆる

    国崩し

の極悪人。
どんなに腕っぷしが強くても、舎人ごときでは、左大臣の、いやもうすでに天子気取りの威厳には叶わないのです。
彼は大序で天皇のふりをしていた斎世親王と同じく立纓(りゅうえい)の冠を着けていました。これは江戸時代以降天皇だけが後ろに垂れる纓を立てるものですが、あそこまで真上にピンと立てるのは江戸時代にもなかったかもしれません。とにかくこの立纓冠がいわば天皇の記号になっています。
時平は金巾子(きんこじ)の冠を着けているから天子同然だと言いますが、この「金巾子」もやはり天皇独特のものです。巾子は冠の後ろの髻を収める上向きの部分ですが、道真のころはまだ糊で固めたものではなくやわらかいものだったと思われます。で、ここに纓を巻いて安定させるのですが、そのはさむ道具が巾子紙(こじがみ)。金箔を押した巾子紙を着けるのは天皇で、まさにこれが天皇のしるしだということになります。本文通りだと纓は巻いて巾子とともに巾子紙で留めているはずなのですが、やはり立纓のほうが見た目がはっきりしますからこういう姿にしているのでしょう。そして「金」を表現するために金色の立纓冠にしています。

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