にほんごをまなぼ 

大学生に「日本語表現」を教えるというのは時代の要請でやむをえないのかな、と思います。以前書いたような気もするのですが、私が学生のときは「文章表現」という授業が国語教員の必修科目になっていて、「国語学概論」を読み替えで履修したことになるのでした。ところがその国語学概論はまるで文章の話などなくて、本当に概論、あるいは特殊講義だったのです。ですから履修したとはいっても、実際は名目上のことで、何も習っていません。要するに文章など自分で訓練しろと突っぱねられたということです。
ましてや敬語の使い方なんて誰も教えてくれませんでした。
その意味では、今の大学は

    親切だ

ともおせっかいだともいえます。実際、学生の中には参考にしている様子もうかがえます。
私の授業はもうどんどん変化していて、この授業を始めた頃はきちんと講義をしてテストをして・・だったのですが、今はもう崩れてきまして、学生からの質問に答えるだけで時間のほとんどを使う状況です。ただ、学生はみな同じようなことを疑問に思っているので、これが案外役に立つかもしれない、と今のところは変更の意思はありません。
特に最初の数週間は講義らしいことは何もせず、彼女たちの疑問に徹底的に答えることで、語彙はいかにして増やすか、正確なようで間違った言葉とは何か、その他あれこれお話ししています。もちろん彼女たちが一番気になるのは

    敬語

です。これは使いたいけど使えない、使うのが恥ずかしい、という感じです。高校生までは先生に向かっても敬語なんて使ったことがないという者もいます(少なくありません)。
ですから、敬語と尊敬語をイコールだと思っていたり、「謙譲語」なんていうと「それ、何ですか?」と問われる始末。ためしに

  今日の昼休みに先生の研究室に行ってもいいですか?

という例文を出し、「敬語として問題があると思いますか?」と尋ねると、ほとんどが「???」という顔をします。

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尊敬語を、あるいは丁寧語を使えば敬語じゃないか、というのが彼女たちの常識というか、認識というか。
「自分の動作を「行く」といったら謙譲語になりませんね」と言っても「???」は続きます。で、やっと「研究室にうかがってもよろしいでしょうか」と改めてみると「ああ、なるほど」という顔をします。しかし、「私はそんなのはずかしくて使えません」という反応が多いですね。そこで、

    「思い切って

一度使ってみると、あとは平気で使えるようになりますよ」「世間では使わないほうが恥ずかしいのですよ」とそそのかしています。
「「すみません」と「すいません」、「いう」と「ゆう」(言う)はどう違うのですか?」という質問まで出てきます。「そんなことも知らないの?」と言ってしまってはおしまいです。私はもうイエス・キリストの如く(かどうかは知りませんが)すべてを受け入れて丁寧に話をします。こういう質問でも話を発展させればいくらでも面白い話題が出てきます。たとえば

    「子音」と「母音」

の問題に持っていくと、これはもうしっかりと国語学の範囲です。
ですから、あらゆる質問をバカにしてはいけないのです。アーメン。

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