思い出の住大夫 

七世竹本住大夫師が大阪での公演を終えられ、東京に向かわれます。
しかし私は行けませんので、ひとあし早く住大夫師の思い出の名演を記録しておきます。

実は、住大夫師はいつも90点というか、満足させられる語りをされるだけに、どれもこれもすばらしいとも、これといって強烈な印象のものが少ないとも感じています。
そんな中で私にとって今も印象に残っているのは『恋女房染分手綱』の

    「沓掛村」

なのです。
八蔵の冒頭の言葉「与之助さん、門にぢやないか」というひとことは今も頭の中で響くくらいです。
『恋女房』といえば「定之進切腹」「重の井子別れ」が有名ですが、あの「沓掛村」は私にとって唯一無二のものです。
先代住大夫の引退狂言の演目とか、そういうことは別にして、当代住大夫の語りはすばらしかった。
まさかその演目を語られるこの5月が引退の公演になるとは。不思議な縁だと思います。先代が「じゅうぶん仕事したやないか。もうええんちゃうか」とおっしゃっているのかもしれません。

    「沼津」

はやはり無視できません。何度聴かせていただいたかわからないくらいです。私の「沼津体験」は越路、津、住がほとんどすべて。回数では住師が一番多いはずです。最高だったのは津大夫師匠でした(玉男、勘十郎の演技と相俟って)が、住師もすばらしかったと思います。特に平成10年代、つまり住大夫70代ころが最高でした。とかく平作の「なまいだ」が有名ですが、そこに至るまでの十兵衛もきりりとして、あばらやの平作住家の空気も、お米の一途さもさすがでした。

にほんブログ村 演劇ブログへ
 ↑応援よろしく!

kgaeonrjuiをフォローしましょう

ほかにもいろいろあります。
「古市油店」「松右衛門内」「堀川猿回し」「喜内住家」「国言の五人斬」などが次々に思い出されます。
『伊勢音頭』の「十人斬」、『国言』の「五人斬」はどちらも凄惨で、何の罪もない人まで殺されていきます。ただ、どちらも人が人をあやめつつも、もっと別の力が働いているかのような思いも抱かされました。殺人のおぞましさだけでない、人間の心の闇でしょうか。
「松右衛門内から逆櫓」が住大夫襲名披露でした。三味線は先代錦糸。還暦を迎えて充実の域に達した住師の

    力溢れる語り

でした。玉男師の樋口で、玉松さんが勘十郎師の代役で権四郎を遣われたのをよく覚えています。あの頃すでに住師の権四郎には慈味があってやはり還暦になると人間はあんなに貫禄が出るものかと感心したものでした。樋口も格調ある語りでしたし、逆櫓のやっしっしは迫力がありました。
住師は七十を過ぎられてから、先述の「沼津」もそうですが、貧家に暮らしながら精一杯生きる人々を描いて秀逸だったと思います。それがたとえば「猿回し」「喜内住家」で、「壺阪」もそうだと思います。生活の臭いがする語り。人の息遣いが感じられる語り。
つまり私にとっての住大夫は

    息遣い

の太夫だったのです。「沼津」の「なまいだ」などはまさに息で聴かせるもの。平作は息だけで六字を唱えます。

大事なものを忘れているような気はしますが、思い付いたことを書いてみました。

スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/3137-34ce7838