引退すること 

定年のあるサラチーマ社会とはちがって、芸の世界では本人が言い出さないかぎりは引退というのはなかなか難しいと思います。野球選手の引退が可能なのは、体力的に明らかに無理がくる上、成績が下降するという、客観的事実がものを言うと思います。その点、芸の世界は年齢を重ねるにつれて円熟する面もあり、「まだできる」という気持ちが長く続くだろうと思います。
無責任なことを申しますが、お目付け役のような人がいて、「そろそろ

    後進に道を譲ったら

どないや」と言いにくいことを言う人がいてほしいとも最近は思っています。
晩年の亀松師は妹背山の豆腐買とか刃傷の抱きとめるだけの本蔵に出ていらっしゃいました。そこまでして出るのがいいのか、すっぱりやめてしまうのがいいのか、意見はあると思います。「あの人の顔を見ないと気がすまない」という気持ちもわかるような気がします。ですから、「豆腐買でもいいから」という意見には反対しません。ご本人がそれもよしとお考えになるなら。
ただ、太夫さんの場合は切語りになるとそうそう簡単な場を語ることはできません。横綱ですから、大関や関脇の場を語ることは原則的に許されないからです。となると、切場のほんの一部を語って「切」の字を付けるということになりかねず(昨年秋の住師の「千本松原」など)、物足りなさが残ります。住師はそういうこともあって、十分に語れないことを痛感されたのかなと、これは邪推に過ぎませんが。

    四世 竹本越路大夫 師匠

の引退は実にさっぱりした印象でした。最後の「桜丸切腹」を拝聴したとき、私にはなぜこの人が引退するのかわからない、という気持ちになりました。しかしご本人はもう十分に語れない、と思われたのでしょう。潔い引退でした。

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ただ、辞められたら終わり、というのもどうかと思います。むしろ辞められた後も指導者として活躍していただきたいし、実際越路師匠などはそうなさっていたようです。ですから、引退後も国立劇場が指導役のような立場を認めてある程度の報酬を出すなどして

    引退しやすい道

を作ることもりうるのではないかと思います。
ところで、今回は引退披露口上がありませんでした。突然だったのでタイトな時間割の中、無理だったかもしれませんし、住師匠も辞退されたとうかがっています。これも、いろいろご意見はあるでしょうが、私はきちんと一幕設けてほしかったと思う者です。
今回の上演に当てはめるなら、いっそ

    天拝山をやめて

でも(本当は「車曳」が要らないと言いたいのですが、引退披露宴目の端場なので・・・)口上を入れてほしかったと私は思っています。
口上はご本人は何も語らないのが通例ですが、引退披露の場合はご本人からも挨拶があってよいのではないかと思っています。

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コメント

引退披露

お弟子さんがずらっと並ばれて、口上は玉男師匠、先代燕三師匠がされたように記憶しています。おふたりの声をナマで聞くのは最初で最後でした。司会は小松大夫さんだったと思います。

舞台では越路師匠は一言も発することなく、終始あたまを下げておられました。

テレビのインタニューでは「枯れた芸と申しますが、義太夫に枯れた芸はありません」。じつに、かっこいい引退でした。

住師匠の引退披露を拝見したかったです。

♪やたけたの熊さん

一番弟子の小松さんがもう声が震える状態でありながら必死に進行されました。
住大夫師が「誠におめでたい」「功成り名遂げての引退とは言え、寂しさもある」とおっしゃり、越路師の経歴を立て板に水のごとく紹介されました。
燕三師は、「以前は私もよく弾かせてもらった」と回想され(私も越路、燕三の酒屋だけは聴きました)、後進の指導をよろしくとおっしゃいました。
玉男師は「惜別の念を抱きながら祝福する」「ご意見番として活躍してほしい」と語られました。
熊さんがおっしゃる通り、ご本人はひとことも言わないのが例です。ただ、私はそういう例はうちやぶってもかまわない、と考えています(反対意見が多いのは承知しています)。千秋楽だけ、舞台に登場して花束を受け取る、というセレモニーはいかがなものか、とも思っています。

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