三勇士名誉肉弾(その2) 

この時期にあえてこの作品を紹介します。
昭和七年四月初演の「三勇士名誉肉弾」の概要は次の通りです。せりふなどは原文のままでもほとんどわかりますのでかなりそのまま使っています。

時は昭和七年二月二十二日。筑紫の勇士のいついつまでも桜の匂うような物語。
ここは上海に近い村で霜まで凍る凍る暁、前進の命令を待つ松下中隊長の部隊です。旧暦十七日の月が冴えてうごめく人影が見えます。誰何すると、その男は「私は廟行鎮の鉄条網について話すことがあります」と中国人なまりの日本語で話します。中隊長のところに引っ立てられると、その男は「廟行鎮はなかなか堅牢で機関銃も多く、日本兵は少ないからめったに陥落はしない。ほかに廻ったほうがいい」」というのです。中隊長は怒り、馬田軍曹に命じて縛り上げさせます。軍曹が男の身体検査をすると軍隊手帳がありました。まさしく敵方、第十九路軍の正規兵でした。
そのとき、軍用電話が鳴ります。内田伍長が電話に出ます。「本隊はその主力をもって二十二日午前五時三十分を期し、廟行鎮の総攻撃を開始す。松下中隊はその正面の鉄条網を爆破し、五か所に歩兵突撃路を開くべし」という

    旅団命令

でした。
松下中隊長(大尉)は電話をを代わって「ただちに決死隊を募り、たしかにその時間までに敵の鉄条網を破壊し、完全に突撃路を開きます」と応じました。
電話が切れると、馬田軍曹が「旅団のご命令でも、あの敵の鉄条網は実に構築堅固で、わが爆撃機が日夜必死の奮闘もまだ何の効果もなく、尋常一様の手段ではとてもだめだと思います」と語ります。
松下中隊長はにっこり笑って、「できないことをし遂ぐるが日本軍人の誇りである。日本軍人の上には常に天佑(天の助け、天の加護)あって守らるる。これ、日の本の常ぞかし」と言い、小隊長たちを集めて、まず大島小隊長に三人二組(合計六人)の先発隊、後発隊を選抜させ、東島小隊長には予備班として三名の決死隊を選抜させます。
こうして島田一等兵、古川一等兵、高野一等兵、黒澤一等兵、村田一等兵、村上一等兵が大島小隊から、北川一等兵、江下一等兵、作江一等兵の三人が東島小隊から選抜されます。

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松下中隊長は九人に言います。
「ただいま、旅団命令が降った。本中隊は正面の鉄条網を破壊し、五條の突撃路を開くべき

    重大なる任務

を受けた。これ、本隊の無上の光栄である。しかしこの作業はもっとも困難である。されば、今日まで多くの兵士は倒れ、さまざまの犠牲を払ったがなかなか堅固の要害である。本隊は誓ってこの名誉ある任務を全うし、目的を成就しなければならない。そこでここに決死隊を募る。よってこの決死隊に選抜せられたお前たちは一命を賭してこの任務をまっとうしてくれい」
九人が決死の覚悟で事に当たると誓います。
中隊長はさらに、
「諸君が国家のために尽くさんとする赤誠の精神に対し、松下大尉、いよいよ感激に堪えない。畏れ多いことではあるが

    大元帥陛下(天皇)

におかせられては、この忠誠をきこしめさば、さぞや至情の発露ぞと御嘉納あらせらるることであらふ」
と語るのです。
もちろん松下中隊長とて、この兵士たちを戦場の土とするのは哀れであり、心はひるむのです。
しかし心を取り直して挙手の敬礼をおこない、これがこの世の名残となるのでした。

                                (以下は明日)

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