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寂しい図書館 

文学部は図書館との縁がもっとも深い学部でしょうか。
特に私のようにフィールドではなく文献で育ったものは図書館に居心地の良さは今なおたまらないものがあります。
学生の頃はとにかく大学に行って、図書館または

    文学科研究室

に入りびたっていました。文学科研究室というのは国文科と英文科の共用でしたが、事実上国文科中心で、実際利用している人といえばたいてい国文科の学生でした。
ここで、文学研究にはどんな本があって、どの本が重要で、史料の使い方はどれを一番にすべきで・・・ということを覚えていきました。史学科研究室とともに私にとっては研究の原点のような場所です。
慣れていくと、背表紙を見ているうちにそれがどういう本なのかがわかるようになっていきます。不思議なもので、重要な本はきっちり印象に残って、どの場所に置いてあったか、今でも思い出せるくらいです。
平成27年の世界記憶遺産登録を目指すという

    東寺百合文書

など、膨大なものですが、これなどは史学科の研究室で初めて見たとき圧倒されるような気持になりました。
広島の学校に勤めたときは、それだけにがっかりしました。なにしろ図書館が「図書室」みたいな場所なのです。基本文献もそろっていなくて、とても勉強できませんでした。しかたなく市立図書館に行ったりしましたが、やはり小さな短大に勤めると勉強面では困ることもあったのです。
吹田市の短大に移ったときはその点はよかったのです。国文科がありましたし、当時は予算も潤沢で、基本的な本はかなりありましたし、買ってももらえました。
いい学校に移れてよかった、とあのころは思ったものでした。

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しかし今はもうそういうわけには行かず、新しい文学関係の研究書などは入れてもらうことは難しいと思います。だって、使う人がいないんですから。私個人も予算をもらえませんので、最近はよそへ行かなければならないことがあります。
それでもこのところ、私は大学の図書館に通い詰めです。かつてそろえられた、自分では買えない高価な文献がありますから、それを求めて行くのです。
たとえば

    「大日本史料」

というこれまた膨大な史料があります。こんなの、私以外誰も使いませんから、独り占めできます。「義太夫年表」「日本絵巻物大成」「日本古典文学全集」・・・などもうほとんど私だけのものです(笑)。
図書館の文学関係のものを利用する学生がいない、ということは、その本のあたりにある机もいすもいつも空いている、ということです。3階に看護学とか栄養学とか、その手の本がまとめられていますので、まだ人はいるのですが、ワンフロアー上って4階に行くともうさっぱり誰もいません。ここに

    美術や文学

の本が集まっているのです。
自分だけのフロアーと思えばゆったりしていいのですが、やはり寂しいです。
そのうちに歴史の本は書庫に入れられて、哲学や文学もやがて姿を消す、ということになるのかな、と思うと残念です。もっとも、その前に私が姿を消しますから(笑)、せめて生きている間はしっかり通おうと思っているのです。

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