橋下 

さまざまな天候、さまざまな場で捉えた富士山を描く、河村岷雪の『百富士』の中に「橋下(きょうか、はしのした)」があります。
明和八年(1771)の刊行です。富士山はほんとうに多くの画家の心を捉えてきました。
 富士山は日本一高い山ですが、岷雪の「橋下」は、それをよりによって橋の下の橋脚の間という狭いところから覗くのです。橋脚によって風景を切り取り、いわば橋脚でいびつな

    額縁

を作っている感じでしょうか。よくもこういう視点を見つけたものだと思います。額縁を作るというと窓もその役割を果たします。同じ岷雪の『百富士』に「窓中」も、葛飾北斎の「冨嶽百景」にもあります。丸窓から観る富士です。こちらは丸窓ですから、ほんとうに画中画のような感じです。
他にも、大木のうろ(空洞)から観る富士とか、北斎の『冨嶽三十六景』「尾州不二見原」のように桶の中から観たり、同じく「登戸浦」のように鳥居越しに見たりするものもあります。

北斎 尾州不二見
↑北斎「尾州不二見」

橋下の富士というのは岷雪だけが描いたのかというと、そんなことはありません。やはり北斎の『今様櫛煙管雛形』(きせるの漢字は竹かんむりに「木金」)の中には「きやうかのふじ(橋下の富士)」があり、文化のころ(19世紀初頭)の洋風版画の「たかはしのふじ」、さらに天保には『冨嶽三十六景』で「深川万年橋下」をものしています。

北斎 たかはしのふじ
↑北斎「たかはしのふじ」

北斎 万年橋下
↑北斎「深川万年橋下」

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高い山をはるか向こうに観て、近景には橋、しかも橋脚を描くというのがおもしろいと思うのです。高い富士山を高く描かずに逆に橋というさほど高さのないものを見上げることで高く描くのです。もちろん、近景として橋を描かねば意味がありません。
こういうのは近像型構図といってよいのでしょうか。
この構図法は広重の「名所江戸百景」にもしばしば用いられていますが、縦長の絵にはとても有効なようです。
縦長にするとどうしても空がぽっかり空いてしまったりします。ですから近景をそこにあてはめて遠景はむしろ低い位置に描いたりします。

名所江戸百景030
↑広重「名所江戸百景 亀戸梅鋪」

北斎の前掲の絵はすべて横長でしたが、やはり空の空白を埋めるように橋が描かれていたように思います。

橋の下というと「名所江戸百景」にも「永代橋佃しま」「京橋竹がし」も橋脚だけ、あるいは橋を見上げる形で描いていました。こういうアングルを思いついた人はやはり目の付け所が違うのだろうなと思いました。

このところ、北斎の本をあれこれ読んでいたものですから、ふと思いついたことを書いてしまいました。


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