最後の恩師 

昨年末に学部学生時代からの恩師が亡くなり、愕然としました。
そして今年に入ってまたお二人、大学院時代を中心にお世話になった先生がお二人亡くなりました。
もうこれで私が恩師と呼べる方はお一人になってしまったのです。その恩師、

    山中裕先生

が一昨日(13日)亡くなりました。
大正10年のお生まれで、93歳でいらっしゃいました。
さすがにご高齢ですから覚悟はしていましたが、やはり哀しみは深いものがあります。
大学院の時に出会った先生で、先生は当時史料編纂所にご勤務でした。平安時代の歴史がご専門ですが、『栄花物語』などの研究家でもあり、文学の領域にも詳しい先生でした。
先生が指導されていた『御堂関白記』の注釈の研究会に入れていただき、これでもかというくらい鍛えられました。
あの日々がなければ私はもっとつまらない人間になっていたはずです。
山中裕編『御堂関白記全注釈』の執筆者に加えていただいたのは身に余る光栄でした。ほかにも論文集や一般向け書籍、雑誌への執筆をお誘いくださり、いくら感謝してもし過ぎることはありません。
京都で研究会があった時はいつも朝から晩までご一緒して、昼は三条の「イノダコーヒー」か「不二家」、百万遍近くの定食屋(店名失念)、パスタの「鞠小路」、喫茶「ユトリロ」。
午後は勉強会をしたりあちこちを散策したり。嵯峨にもしょっちゅう行き、夏でも必ず湯どうふ「嵯峨野」。
「神戸に行ってみたい」とおっしゃったことがあり、六甲山上までお供したことも。
横浜のご自宅にうかがって一晩泊めていただいたり。
思い出は尽きません。
これでもう、私には「恩師」と呼べる方はまったくなくなりました。
ほんとうにもう、誰も頼る人はいません。ちょっとばかり、落ち込んでおきます…。

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