古文ではなく 

毎年のことなのですが、私の授業で一番人気がないのは

    平安時代古典文学

ではないかと思います。他の授業も大差ないのですが、学生の反応から見るとどうもこの系統のものがダメみたいです。
私からこれを取ったら何も残らないはずなのですが、学生はその残滓のような「敬語の話」となどを受け入れるのです。気持ちはわかります。何しろ基本的に理系の学生です。それも高校時代古典などほとんど取らなかった、取っても入試にはないのでほとんど勉強しなかった、という人が多いのです。
そしてその「古典」というよりは「古文」をまた大学で読まされるなんてたまらない、という人が多いわけです。
今は

    竹取物語

を読んでいるのですが、原文の読解にこだわらず、周辺の雑学(平安時代の結婚などの風俗習慣、当時の生活様式など)を織り込みつつ、絵巻物などの視覚資料も多用して話しているのですが、やはりダメみたいです。
つくづく、私の限界を感じます。やはり学生と丁々発止のやり取りをしてこそ大学の授業だと思いますので、それができないことが無念です。
とにかく話を聴こうという姿勢が見えないのがこの時間です。
自分の専門領域だからといって予習をおろそかにしているとか、適当にしゃべってもごまかせるとか、そういう意識は持っていないつもりなのですが、やはり油断があるのかもしれません。

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それにしても学生の古文アレルギーは少なくないように感じます。
私も数学や化学はまるでできず、高校時代にはもう何がなにやらわからないまま単位を取ってきたという感じです。ところが、大学生にって教養の数学や化学を取ったら、これまでとは違ったものが見えてきてずいぶん面白かったのです。数学は予習をしたりして、雑談にかまける(大教室でマイク授業でした)同級生を尻目に興味深く話を聴いていました。ですから私のクラスに来る学生も、あの数学の先生のように

    面白い話

をしたら食いついてくるだろうと思うのです。しかしいまだにそれが見つけられずにいます。
学生のアレルギーを癒すような方法。源氏物語なら源氏物語絵巻を用い、今は竹取物語絵巻や竹取物語の絵本(江戸時代のもの)を用いて、現代と平安時代はもちろん、江戸時代と平安時代の違いなども含めていろいろ話すのですが、これもダメみたいです。
素材は面白いはずなので、やはり方法の問題だとずっと悩み続けています。私自身が

    面白がりすぎている

のでしょう、きっと。
基本は、これは「古文の授業ではない。文学の授業なんだ」ということを感じさせることだと思っています。千年以上にわたって日本人が面白いと思って読み続けてきたものなのですから、現代人にも面白いものです、と伝えたいのですが。
前期はあと4回。もういまさら、という感じではあります。せめて後期は、と思っているのですが・・・。

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コメント

どっちかというと私が行きたい。その授業。

♪えるさん

敬語のほうですか(笑)。
平安時代のお話は一般の方にかぎりますよ。
おちろん学生の中にも興味を持つ人はいるのですが・・・。

講義

私も受けたいです♪
両親が師範学校の学生だった頃、多分古典文学のの授業だったんだろうと思うのですが板書した後「幽玄ですね~」と教授がその文章に入り込んでしまってしばし中断・・・みたいなことがあったとか。なにがどう幽玄なのかちっともわからなかったけれど 感に堪えないという先生の様子から「なるほど。こういうのを幽玄というのか」とは思ったと。二人してそう思い出話をしてましたからよっぽど印象的だったんだと思います。
藤十郎先生の授業もそのように思い出す生徒さんがきっといらっしゃると思います。

  • [2014/06/29 00:18]
  • URL |
  • あいらぶけろちゃん
  • [ 編集 ]
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♪あいらぶけろちゃんさん

おおおご両親は教職でいらしたのですか。お仲間ですね。
入り込む、っていう瞬間、たしかにありますね。
これは学生相手ではなかったのですが、竹取物語のかぐや姫の昇天の話をしていて、感動してしまって私はつい涙ぐみ、「これはいかん」と思い直したことがあるのです。そのとき、明らかに受講者の方の表情が変わりました。バレタみたいです(笑)。

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