西国にいます 

このお盆はひさしぶりに西国にいます。1年ぶりです。
今年は台風もありましたので行くつもりはなかったのですが、諸般の事情で突然出かけることになりました。体調が少しよくなりましたのでむしろじっとしていないほうがいいかもしれないと無理に(?)考えることにしました。無駄遣いかもしれませんが、リフレッシュ効果を考えるとプラスに作用することもあるかな、と。
13日に家を出て、日曜日には帰ります。
お盆ですから車は多いのが面倒です。特に帰りは大変なことになるのではないかと案じています。
私は、子供の頃はいわゆる

    いなか

というものがなかったので、「お盆だから田舎に帰る」という習慣はありませんでした。ですから、逆に広島に住んでいたころもお盆だからと言って実家に帰ったりはしませんでした。むしろお盆の広島の習慣を眺めたりしていました。広島の(長崎も)お盆は原爆の日の直後ですから、お盆というよりは原爆の悲しみが町に浸透しているような感じがして、よそ者の私はなんだか自分だけが浮いた存在であるかのように思ったものでした。
墓を埋め尽くすような

    盆灯籠

には驚きました。いや、墓だけではなく、スーパーやコンビニなどでもお盆になるといっぺんに売り出されますので、食料品を買いに行ってそれを見つけると最初は「これ、なに?」と思ったものでした。
広島市内の墓地に行くと墓碑に刻まれた命日に「昭和二十年八月○○日」という日が目立ちます。「○○童子(女)」という文字も多いのです。原爆に限らず、戦争は老若男女に関わらず人の命を奪ってしまいます。
八月六日(原爆の日)が命日でなく、その何日かあとが命日として墓碑に刻まれている人も多いのですが、その数日間、この方はどんな苦しい時間を過ごしたのだろうと考えてしまいます。

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エノラ・ゲイに乗務した元米兵の中には「多くの人の命を救ったともいえるから原爆投下は間違っていなかった」という証言をしたかたもありました。
あのまま戦争が続けば

    もっと多くの命

が奪われた、だから一気に戦争を終わらせる手段としてやむをえなかったのだ、ということなのでしょう。
原爆を投下した側の論理としてはそういうことになるのかもしれませんが、犠牲になった何の罪もない広島市民に対してこういう理屈は無力です。
こういうことは今でもありうることで、身近な例で言うと、企業(学校もそうです)などでは会社を守るためには一部の社員を犠牲にしてもかまわないという理屈です。比喩が極端だったかもしれませんが、上に立つものはどうしてもそういう目でしか見られない、という意味では似ている面があると思うのです。
今、この国が

    変な方向

に行っていると感じている人は少なくないようです。
私が初めて広島に行ったとき、原爆については教科書的な知識しかありませんでした。しかし、実際に8月6日の空気に触れて、墓碑を見ると、感じるものは少なくありませんでした。
今年の広島は例年に比べると雨がちで気温は上がりません。

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