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緑の風 

今日1月7日は昨年亡くなった吉田玉男師匠のお誕生日です。
ご存命なら88歳になられるところでした。

8年前、1999年1月7日、私は大阪市谷町の長久寺にいました。
2日前に亡くなった

    竹本緑大夫 さん

の告別式でした。

このブログに来てくださる方の多くは、若い、ここ数年のファンの方々だとお聞きしています。だからこそ、以前にも似たようなことを書いたかもしれませんがふたたびここに書いておきます。

緑大夫さんは

    四代目津大夫

のご子息で、本名は村上律太郎さんとおっしゃいました。
はじめは太夫になるつもりではなかったようですが、やはりこの道に進むことになり、十代目若大夫の孫である豊竹英大夫さんと同期でこの世界に入られました。
美男で、シャイで、誠実な方という印象が強く残っています。私は一度インタビューさせてもらったことがあるのです。

呂大夫、咲大夫に続いて、英大夫、緑大夫が文楽の中核となることは間違いないと期待されていたのです。
しかもその頃には英大夫、緑大夫ではなく、若大夫、津大夫になっているだろうと、誰もがひそかに期待していました。

これは以前書きましたが、私が今も忘れられないのは素浄瑠璃の会(大阪・島之内教会)で語られた「熊谷陣屋」です。すさまじかったです。

緑大夫さんをご存じない皆様、どうかこの名前を記憶されて、いつか記録映画などでお聴きになってください。

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告別式は初春公演中に行われたため、技芸員の皆さんは全員駆けつけることはできませんでした。

   長久寺

は、今では鉄筋コンクリートの寺ですが、もとをただせば「曽根崎心中」生玉の段で「久本寺さま、長久寺さま」と出てくる、あのお寺です。
母方の叔父様に当たられる団六(現寛治)師匠と住大夫師匠がなにやら話し込んでいらしたこと、簑太郎(現勘十郎)さんがお姉さまとご一緒においでになっていたこと、お寺のエレベーターで出会った津国大夫さんが悔しそうに「僕より一つ年下です」と言われていたことを思い出します。

享年48。

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コメント

緑大夫さん

平野町あたりで、ばったりお会いしたことがあります。と言いましたも、緑大夫さんは私のことをご存知ありませんが、会釈をかわしました。

緑大夫さん、お父さんが亡くなられてから、がらりと語りが変りました。語りがとても大きくなりました。それからわずか数年後に亡くなられ、とても残念でした。

歌舞伎座に出演されていたとき、偶然見物したことがあります。三階席から「緑大夫さん!」と掛け声をかけました。文楽の方が歌舞伎に出演するときは、プログラムにわざわざ「文楽座ご出演」と書かれます。文楽の格式の高さをうれしく思います。

>やたけたの熊さん

文楽の人はそういうところ礼儀正しくていいですよね。

緑さんの語りでは三番叟も思い出の中にあるのです。
松香大夫さんとの二人三番叟で、よく合った、張りのある瑞々しい三番叟でした。
東京で倒れられたときも三番叟でしたね。

お若い時から時々休まれたりしていましたが、津大夫師匠が亡くなって、更に無理をされたような気もするのですが、どうなのでしょう?
楽屋で、ある太夫さんの写真を撮らせていただいていたとき、後ろから緑さんがその太夫さんの髪形をさっと直してにっこりされたことを思い出しました。そんな茶目っ気もありました。

貴重なお話をありがとうございます✨

はじめまして、ゆかりと申します。いつもご更新を楽しみにしております。

呂大夫さんの本に出ていた、緑大夫さんのエピソードがとても印象的でした。呂大夫さんが同期の緑大夫さんをとても想われていたことが伝わってきました。

私は文楽に出逢ってからまだ日が浅いのですが、最近義経千本桜や、菅原伝授手習鑑のDVDで、緑大夫さんの語りをお聴きすることができました。

正統派というか、きっちりとした語りで、真面目なお人柄も感じられるようでした。お若く亡くなられて、とても残念です。

こちらで緑大夫さんのお人柄の一端を伺うことができ、嬉しく思います。

🎵ゆかりさん

はじめまして。
緑さん、生真面目な方でした。
呂太夫さんがお年上ですが、律ちゃん、雄ちゃんと呼び合っていたそうですね。呂太夫さんに、あの本を書くためにお話をうかがっておりましたら、緑さんの話ははいくらでもある、という感じでした。島之内教会で聴いた緑さんの熊谷陣屋、ほんとうにすさまじかったですよ。

早速のお返事ありがとうございました

本当にお二人は仲がよろしかったんですね。

「五感の彼方へ」をお読みして、呂太夫さんが本当にたくさんのお別れを経験されていることが分かりました。

とてもとても辛いご経験だと思いますが、そういったことも合わせて、呂太夫さんの語りの深みに繋がっているのかなと思います。

素晴らしい本をお書きいただきまして、ありがとうございます(*^_^*)


緑太夫さんの語りも本当に素晴らしかったんですね。

私も一度お聴きできると嬉しいのですが、映像などは残っているのでしょうか?

もし国立劇場などに資料があれば、いつか聞きに行けるかと思うのですが。

🎵ゆかりさん

島之内教会の素浄瑠璃の会は、映像はないと思います。録音はされていたと思うのですが、どうなったでしょうね・・・?
文楽劇場や東京国立劇場には舞台の記録はありますが、あまり大きな場は語っていらっしゃいませんよね。
ご健在ならまだ60代。もったいない、あまりにもったい方でした。

お返事ありがとうございます

素浄瑠璃の会の記録は、現在利用できそうものはないのですね。残念です。

60代というと、勘十郎さんの本によると、文楽では中堅若手と呼ばれることもあるそうですね。改めてすごい世界だなあと思います。

大きな場を語られる時は特に、体の負担も大きいものと思いますので、もっと負担を軽減するような措置が取られるといいのですが…(文楽劇場の音響をよくするなど)。

🎵ゆかりさん

申し訳ございません。コメントをいただいていたのに気づかず、失礼いたしました。
文楽劇場はやはり大きすぎますね。
文楽専用ではないのでやむを得ないかもしれませんが、太夫さんは大変です。
呂太夫さんの本に、津太夫師匠が「ここは太夫殺しの劇場や」とおっしゃっていたことをご紹介しましたが、たしかに。
ゆかりさん。ぜひ一度だしまきの夕べにお越しください。
あいにく今日(11月3日)でしたので、今回はお誘いできませんでしたが、新年はぜひ。明日のブログに日程が出るはずです。
ほんとうに失礼いたしました。

お返事ありがとうございます

藤十郎さん

ご体調の優れない中、お仕事も大変お忙しかったようで、どうもお疲れ様でした。

日本の先生は忙しすぎる方が多いと思うので、事務は事務の方にお任せしたり、研究にもっと集中できるような環境になるといいのですが…。


文楽劇場は、「文楽」劇場という名前も付いているので、文楽を上演をする環境をもっと整えてほしいなあと思います。

音響がよくなって、他の公演をする時困るということも考えにくいですし(^_^;)



先日のだしまきの夕べは残念ですが、幸い新しくお友達になった方と、色々文楽トークを楽しむことができました。

次回のだしまきの夕べには残念ながら参加できないのですが、いつかお会いできる時を楽しみにしております。

段々季節も冬に近づいているので、温かい格好でお過ごしくださいね。

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