好色五人女のお七(二) 

お七はこの若者が小野川吉三郎という、由緒正しい浪人者で優美な男だと聞いて思いはいやまさりにまさります。吉三郎も思いは同じ、二人の手紙のやりとりは熱烈なものでした。
年が明けて十五日の雨の夜、亡くなった人がいたため僧侶たちが出かけていきます。雷が鳴るのですが、お七は「吉三郎さんに逢うのは今夜しかない」と思っており、「雷なんて怖くありません。失うものといっても命ひとつじゃありませんか」などと言っています。周りの人は「女だてらに」とささやきますが、この言葉は彼女の思いをありのままに伝えており、注目されます。

   恋は命にまさる

といわんばかりなのです。
お七はおそるおそる部屋を抜け出そうとしますが、うっかり人を踏んでしまいます。踏まれた女は怒るどころか、そっと紙を渡してくれたのです。今で言うならティッシュペーパーでしょうか。「これ、必要でしょ」といわんばかりです。何に必要なのかは書きませんのでご想像あれ。
吉三郎を探して方丈に行きますがどこにいるのかわかりません。すると台所にいた老婆があっちだよ、と教えてくれます。
時刻は八つころ。つまり午前2時前後です。
さて、雷が鳴るとか夜中に女が訪ねていくとか、どこかで聞いたような話です。どうもこのあたりは

    伊勢物語

をベースにしているように思われます。伊勢物語の第六段(いわゆる芥川の段)や第69段(いわゆる狩の使の段)などです。いわばお七の「いちはやきみやび」の行為なのです。まさに好色、色好みの世界です。
やっとたどり着いたのですがそこには小坊主がいて、「銭八十文と松葉屋のかるたと浅草の米まんじゅうをくれたらだまっている」というのでお七は簡単なこと、と約束して、吉三郎の枕元に行くのです。
「私は十六になります」「私も十六(実際は年が明けているので十七のはず)になります」などとぎこちない会話をしますが、雷が轟き、お七は吉三郎にしがみつき、お七はさらに狂おしいほどの情熱で吉三郎に抱きつくのでした。

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当時、自由恋愛はできず、結婚は

    親が決めるもの

でしょうから、お七の情熱的な行動は読者にとっては快哉を叫びたくなるようなものだったのかもしれません。文楽に出てくるお三輪とか「すしや」のお里とか、彼女たちの行動に通ずるものがありそうです。もちろん、文楽にも『好色五人女』にも出てくるお夏もですね。やさ男がタジタジになるほどの肉食系(?)。
でも、彼女たちは今から見ると男狂いをしているとはとても思えません。普通の恋愛をしている。それがなぜ問題を引き起こすかというと、やはり社会事情が異なっているということなのでしょう。現代の女性が300年前にさかのぼって生きていたような。そしてその「現代の女性」とおはいつの時代にもいる女性なのだろうと思います。古典が残るというのは、そういう人間を描いているから、という面があるのではないでしょうか。
彼女たちはしかし、江戸時代に生まれた(お三輪は大化の改新の頃だとかお里は源平の頃だとか、とは言わないでください)。その時代の中で精一杯恋愛をすることの喜びと苦しみを味わった。

お七はしかしやがては家に帰らねばなりません。帰宅すると親も今後はダメ、ときつく二人の仲を裂こうとします。
ある日、松露や土筆を籠に入れて板橋在から売りに来る少年がお七の家にやってきます。その日は春ながら雪が降り、里まで帰りづらいというので、お七の父は庭の片隅に泊めてやります。
お七はかわいそうだから、と温かい湯を差し入れなさいと命じて下男が湯を与えに行きます。するとこの下男、少年の小ぎれいなのを見てつい口を吸おうとします。こういうところは江戸時代ですね。しかしかろうじて難を逃れた少年。寒くてどうしようもなくなります。
夜中になって、八兵衛の姪がお産をしたという知らせがあり、八兵衛は出て行きます。お七は後に残りますが、ふと気になって例の少年の様子を見に行きます。凍えていたその少年はなんと

   吉三郎

でした。

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