2013年度の国語に関する世論調査(二) 

この調査では敬語についても調べています。

今後とも敬語は必要だと思うか

という問があります。
  必要だと思う           84.5%(67.8)
  ある程度は必要だと思う    13.6%(28.3)
  あまり必要だとは思わない   1.0%(2.6)
  必要だとは思わない       0.4%(0.7)
この結果について、皆さんは驚かれるでしょうか?
実は私はある程度は必要だと思う」の割合がもう少し多いと思っていたのです。実へ、平成15年度(ちょうど10年前)に同じ調査を行っており、その時は上の( )内のような結果だったものですから、今回もそんな感じかな、と。
必要、ある程度必要と思うと答えた人のトータルは平成15年度が96.1%、今回は98.0%(四捨五入の関係で単純に85.5+13.6=98.1とは微妙に違います)で、微増。しかし「ある程度」が減ってその分「必要だ」が増えていることになります。
いいことではあるのですが、実はこれは敬語がきちんと使えていないという危機感の裏返しだとも思われ、また、社会で荒っぽい言葉が幅を利かせていることへの嫌悪感ではないかとも考えています。

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敬語をどのような機会に身に付けてきたと思うか

という質問(複数回答可)では、「職場(アルバイト先を含む)の研修など」が63.5%でトップ。平成15年度にトップだった「家庭でのしつけ」を上回りました。
これについては二つのことを考えます。ひとつは、若者は敬語をなんとなくできているように思っていて、研修で叩き込まれて開眼した、という事情があるのではないか、ということ。先日も学生が「『です』『ます』『ございます』を遣っているから、自分は敬語はできていると思っていた」と言っていました。高校までは文法としての敬語は学ぶことがあるかもしれませんが、なんとなくそれは自分には縁のないもの、縁がなくてもやっていけるもの、と感じていたのではないでしょうか。そして大学ではもうbなにもしない。あわてて敬語の本を読んでも何だかよくわからない。
もうひとつはやはり家庭のことです。昔は家庭でも父親に対して敬語を使うという家はかなりあったはずです。母親が父親に(つまり、妻が夫に)敬語を使うことがあり、子どもがそれを真似る、という図だったかもしれません。実は私の家はそうでした。しかし今は両親は友達のように話しているし、子どももそれと同じようにしゃべります。おじいちゃんおばあちゃんと同居していないことで、その子どもである両親夫婦はいっそう気楽な言葉を使うということもありそうです。
私は今大学で、そういう学生に対して就職先の研修以前に基本的な敬語(特に謙譲語)をつかえるようにしよう、という気持ちで授業を実施しています。
バイト先のマニュアル敬語も必ずしも世間で通用するものではないことがあります。
一日にひとつでいいから何か覚えて帰ってほしいといいながら話しています。

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