丙午 

干支の話をしますと学生は注目してくれます。
皆さんは何の年に生まれましたか? と聞くと、今の1年生の多くは

    「いのしし

です」とすぐに答えます。みんなよく知っています。しかし、十干についてはあまり認識していません。彼女たちは「乙(きのと)」なのですが、それを知っている学生はほとんどいません。そもそも学生は「干支」の「えと」ということばの意味も知りません。これは「甲乙丙丁・・」の十干をあらわしたもので、「え」「と」は「兄(え)弟(と)」のこと、だから甲(きのえ=木の兄)、乙(きのと=木の弟)・・・というのです。などと話すと「へ~っ」という反応が返ってきます。そのことを話すと「自分が『乙亥』(きのとい)の生まれであることを覚えておきます」といってくれる人も多いのです。やはり自分のことは知っておきたいものですよね。
昭和41年(1966)というのはテレビで「ウルトラQ 」「ウルトラマン」が始まった年であり、ポッキーが世に出た年であり、ビートルズが来日した年であり、そして文楽ファンの方にとって忘れてならないのは、東京に

    国立劇場

ができた年であったことでしょうね。
ところで、この年に生まれた人は受験や就職の時、かなり楽で、翌年生まれの人は逆にとてもしんどかったという話を聞きます。

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といえばもうお分かりだと思いますが、1966年、というか昭和41年は

    丙午

だったのです。
丙は「火の兄」であり、午もまた五行の「火」にあたるため、江戸時代にはこの年には火災が多いという俗信があったようです。そして、いつしかこの年に生まれた女性は気性が激しくて男をダメにするだの、果ては男を食い殺すだのと言われるようになりました。
1966年が丙午なら60年ごとにその干支は巡ってきます。ということは60の倍数の300年前もまた同じ干支だったという計算ができます。1966年の300年前は1666年(寛文六年)に当たります。
この干支に生まれた女性が気性が激しいといわれるきっかけとなったのは

    八百屋お七

だともいいます。西鶴の『好色五人女』でいうなら、彼女は寛文七年(1667)の生まれになると思うのですが、紀海音の『八百屋お七』では丙午生まれ、つまり寛文六年生まれとなっています。
付会なのでしょうけれども、火事を起こしたのは丙午生まれだったからだ、というのはおもしろいことを考えたものです。

ところで、1966年生まれの女性というと、秋篠宮妃の紀子さんが該当します。今年が当たり年で48歳なのだそうです。
あの幸せそうな笑顔を拝見しますと、丙午大いに結構、という感じもします。

この話を11月の市民大学のマクラにしようと思っている(笑)のでメモしておきました。

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