おのぼりさん(三) 

済生会中津病院には、そういうわけで嘉門長蔵翁と奥さんのコマさんの像があります。
再建されたファサードのすぐ前です。

嘉門長蔵(済生会中津病院)
↑嘉門長蔵夫妻の像(済生会中津病院)

私がこの病院に興味があるのは、その建物ゆえではあるのですが、同時にここが

    兄の生まれた病院

だと聞かされているからです。おそらく母親は出産間近に実家に帰っていたのでしょう。やはり最初の子ですから、大事にされています。ちなみに、私は自宅で生んだそうです。
祖父の印刷会社に行くときなど、阪急電車の車窓からあの建物が見えると、兄の生まれた病院だ、と何度も言われ、なんだかうらやましかったのです(別にうらやましがることもないのですが)。

さて、中津から電車に乗って帰ろうと思ったのですが、ついでだから、と十三大橋を渡ることにしました。
この橋を自転車で渡ったら気持ちがいいだろうなと思うのですが、やむをえず徒歩です。
昔は

    十三の渡し

がありました(十三の渡しの碑は十三大橋北詰やや西側にあります)が、今は鉄橋を含めていくつも橋が架かっています。
十三大橋の手前(左岸。中津側)には小橋があります。

十三小橋
↑十三小橋

大橋はさすがに歩きごたえがあります。

十三大橋
↑十三大橋

十三大橋脇の道標
十三大橋脇の道標

今の淀川は元の中津川。明治時代に放水路として中津川を用いることになって今や淀川といえばこちら。
いやあ、よく歩きました。

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十三の駅が見えてきたので、電車に乗ろうと思ったら、ちょうど各駅停車が出たところ。次の特急までは10分近くありますので、ふと思いついて、火事のあったところはどうなったかな、と覗いてみました。
駅のすぐ前ですから、当日は大変だったでしょうね。うろうろしてぼんやり眺めていると特急が来ている・・・。
ふと思いついて(よく思いつきます)、武田薬品のところはもとは

    堀城だった

という説がある(十三公園のあたりだという説が有力らしい)けど、何か残っているか見ておこう、と近づいてみました。堀城は16世紀の細川氏の城で、中嶋城とも言われ、あるいはそれとは別の城かもしれないとも言われています。
行ってみると、小さな説明はありましたが、何もないそうです。やはり十三公園のほうかなと思ったりもします。
ちょっとがっかりして帰ろうと思ったのですが、そういえば神崎川の駅まで歩いたらどれくらいかかるかな、と思いついて、ついに私は梅田から神崎川まで歩いてしまいました。

さすがにバカじゃないかと思いました。
梅田に行っただけで何でも見てやろう、と歩き回る、全く

    おのぼりさん

そのものですね。
で、グランフロントには何の用で行ったか、という話ですが、また改めて。

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