ドアの開け方 

今はもう全く観ることはないのでs、最近の事情は知りませんが、テレビや映画の探偵もの、刑事ものにはときどき突っ込みを入れたくなることがあります(ありました)。
夜、犯人が車で人に近づいて一気にスピードを上げて轢こうとします。こういうとき、必ず直前まで人は気付かず、犯人がライトをつけた時にはっと振り返る、というパターンです。なんで

    道の真ん中

を歩いてるの? 加速した瞬間にエンジン音で気がつきませんか? 今から轢きますよといわんばかりにライトで合図する必要はないのでは?
犯人にブレーキオイルを抜かれたことを知らずに車を出した人が、下り坂になったところで「あ、ブレーキが利かない!」って。犯人さん、オイルを抜くということは、相当の

    熟練整備士

さんですか? 走行中ぽたぽた抜けているなら後ろの車が気がつくでしょう。発車した時に全部抜けていたのなら運転者がもっと早く気がつくでしょう。 止まらないならせめてサイドブレーキも使ったらどうですか?
もうひとつ、犯人がアパートの部屋に潜んでいるので刑事がドアに体当たりして突入します。あれも普通あり得ることなのでしょうか?

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私の家の玄関のドアは外から見た場合、手前に引いて開けます。つまりドアは外に開きます。私がこれまでに住んだアパートもすべて同じです。入ったところが「靴脱ぎ」ですから、中に開けると靴がドアに潰されてしまいそうです。海外の映画を見るとあちらではドアを家の内側に引いて開けますから、あれなら体当たりも有効に思われます。向こうでは「靴脱ぎ」のスペースが不要ですからね。でも、日本では、例外はあるでしょうが、基本的に玄関のドアは

    外側に開ける

のではないでしょうか? ホテルのドアなどは玄関のようでもホテルの建物の中の部屋ですから、廊下を歩く人の邪魔にならないように内側に開きますし、一般家屋の部屋も同じものがあると思います.私のいうのはあくまで家に入る玄関のことです。
昔の長屋の戸は横開きであれこそが和風の庶民の住まいだろうと思います。ところが、同じ長屋でも今のドアのように開くところもあります。平安時代の長屋を描いた伴大納言絵巻の七条界隈の様子を見ると、そんな形になっていて、しかも内側に開くようになっています。
伴大納言絵巻のように説話を絵巻物にしたものを鑑賞する場合、人物やできごとにどうしても関心が集中してしまいます。たとえば応天門の火災、駆けつける人々の表情、子どもの喧嘩、駆けつける子どもの父親、連行される男、号泣する伴大納言家の女房等々。
しかし、当時の庶民の家の造りはどうなっていたのだろうか、とか、着物はどんなものだったのだろうか、とか、そういった

    風俗

について関心を持って眺めてみるとまた見えてくるものがあるように感じます。

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コメント

ブレーキ

ご無沙汰しています。
ブレーキに関しては、オイルが減ったり気泡が入ったりすると警告灯がつくのでわかりますよね。時代劇でも時代考証してるの?って思う事ありますね。

♪花かばさん

あ、そうですね。さすがは毎日車に乗っていらっしゃる花かばさんです。
どこかで書いたと思うのですが、昔大河ドラマで平安時代の子どもが竹とんぼで遊んでいる場面がありました。考証をしていた私の恩師は「これはやめましょうといったそうですが、見た目がよいのでこれでいく、というような話でした。番組制作の事情でこういうこともあるのですね。

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