「まつ」という歌枕 

いつだったか、Facebookで浅草の待乳山聖天のことを書いた方がいらっしゃいました。
おもしろい名前です。
おそらくは当て字で、真土山と書くこともあるかもしれません。
実は私は「待乳山」というとむしろ大和と紀伊の境にある山を思い出します。というのは和歌にしばしば詠まれるからです。

  いであが駒 はやく行きこそ 待乳山
    待つらむ妹を 行きてはや見む
             (万葉集)

お気づきのとおり、「待つ」を掛けているのです。「真土山」を「待つ」に掛けるために文字まで「待乳山」になったのかもしれません。
人を待つというのは不安で切ないものです。期待もあきらめも含んでいます。そんな揺れ動く心を和歌に詠もうとするとき、ずばり「待つ」と言ってしまうと不安が増すような思いに駆られるのではないか、と想像するのです。ですからこのことばを避けるように表現する手段として掛詞が盛んに用いられたのではないか。
待てど暮らせど来ぬ人を、とならないように、あえて言うなら

    言忌み

するように、遠まわしに「待つ」ことを表現しようとしたのではないか。掛詞の持つ機能は単なる駄洒落ではないと思うのです。そんなことを考えまています。

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「歌枕」というのは和歌に詠まれたことば、素材のことですが、今はもっぱら「和歌に詠まれた名所」の意味で用いられます。待乳山も大和国の歌枕なのです。
同じように「待つ」を掛けることの多い歌枕には「松島」(陸奥)、松が浦島(陸奥)、末の松山(陸奥)、松尾山(山城)、松帆の浦(淡路)、松浦潟・松浦山・松浦川(筑紫)などがあります。

    つれもなき君松浦山待ちわびて
      領布(ひれ)振るばかり恋ふと知らずや
             (教長集)

陸奥や筑紫などはるか遠方の、都人は行ったこともないようなところが目立つのはその空間的距離が歌人の「待つ」相手との

    心理的距離

に比例するものではないかとすら感じます。
また、地名ではありませんが、松虫(今の鈴虫かと言われる)も「待つ」を掛けて詠まれることが多いのです。

    秋の野に人松虫の声すなり
        我かと行きていざとぶらはむ
            (古今和歌集)

もちろん、ずばり「松」そのものに「待つ」を掛けることもありました。
「まつ」ではありませんが、「待兼山(まちかねやま)」(摂津)もやはり「待ち兼ねる」意味を掛けます。
人を待つということの切なさが、こうして掛詞の中に溶け込むようにして詠まれてきました。和歌の繊細さ、優美さはやはりすばらしいものだと思います。

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