平安時代の犯罪(4)〜検非違使の犯罪 

検非違使のトップは別当という職で、これは中納言クラスの人が兼ねる仕事でした。この職に就く者は単に地位が高いだけではだめだったのです。容儀、才学、富貴、譜代、近習の

    五徳

を備えていなければなりませんでした(器量、有職を加えた七徳とも)。家柄や見た目までが重要だったのです。検非違使は犯罪という穢れを払う役職ですから、威厳のある人でなければならないのです。ところが、中にはひどい別当もいたもので、家来に暴力を振るってクビになった人もいるくらいです。藤原公任は別当時代に藤原道長の娘の結婚に際して和歌を寄せたりしていますが、そのことについて藤原実資は「検非違使の別当のくせに」といって非難しています。
彼らは現場に行ったりはしません。出動するのはせいぜい三等官で、検非違使尉といいました。源義経がもらった官職がこれです。三等官ですから「判官」です。彼らも問題があったかもしれませんが、さらに問題だったのは

    虎の威を借る

下級職員です。

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看督長(かどのをさ)とか放免(ほうめん、ほうべん)と呼ばれる連中のなかにはあくどい者もあったようで、『今昔物語集』巻二十九には彼らの行状が描かれています。
「看督長」というのは獄舎を見張るひとということで意味が分かるのですが、「放免」とはどういう意味でしょうか? 実はこれはもともと罪人で、放免されて検非違使の手下になった人たちなのです。

    毒をもって毒を制す

というか、罪人が警察側に回るのです。
伴大納言絵巻にも看督長や放免の姿が描かれますが、この放免の中にはずいぶん恐ろしい顔をした人物が出てきます。こういう人ににらまれたら怖いだろうな、というような。彼らもきちんと仕事をしておれば問題はないのですが、腕力のある、こわもての人物が権力側に回った場合、厄介なことも起こりかねません。みだりに庶民に禁じられていた市女笠や襪(したうづ)を用いていた者を切り捨てたというできごともあり、藤原実資は「検非違使庁の

    役人の狼藉

はひどいものだ」と言っています。言ってみれば、制限速度40km/hの道を41km/hで走ったと言って違反切符を切る警察のようなものですね(笑)。しかもかなり乱暴なやり口ですから、毒が毒のまま市中に回ったということです。

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