胎児の肝 

11月文楽公演の「奥州安達原」の四段目は身の毛もよだつような恐ろしい話でした。なんといっても妊婦を殺して胎児を取り出し、その血を絞るなんてとても人間のすることではないと思えます。
だからこそ、岩手の人形は普通の人間とは違った凄みを見せねばなりませんし、人形遣いさんもそれなりに遣わねばならない、難しい役どころです。
『妹背山婦女庭訓』のお三輪にしても『摂州合那辻』のお辻にしても、その血が薬などになるというありえない理由で殺されますが(お辻の場合は自害に近い)ものも言えない胎児の血と言うのは凄惨に過ぎるほどです。
いったい誰があんなことを考えたのでしょうか。
実は

    『今昔物語集』

にもそういう話があります。
巻29-25の「丹波守平貞盛取児干語」(丹波守平貞盛、児干を取ること)がそれです。
丹波守平貞盛は矢傷を負っていて、これが悪性の瘡になります。
京から医師を呼び寄せて診察してもらうと、医師は傷に由来するものであることを見立てた上で胎児の肝からできる

    児干(肝)

という薬でなければ治らないというのです。児は男児のことなので、男の胎児が必要なのです。驚くべきことに、貞盛はわが子の左衛門尉に向かって「お前の妻は孕んでいるそうだな。その胎児をよこせ」と言うのです。貞盛から見れば孫に当たるのですが、おかまいなしです。息子は断るに断れず、困ってくだんの医師に相談します。さすがに医師も驚きます。貞盛が医師に「子どもの妻が懐妊中なのでその胎児を手に入れる」と話しますと、医師は「血のつながった子はダメです」といってくれたために、左衛門尉の子(胎児)は助かりました。
貞盛は飯炊き女が孕んでいると聞いたので早速その女の胎児を取り出すと女の子で、これもダメでした。そのあと、なんとか探し求めて彼は一命を取り留めるのです。

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貞盛の残虐はこれに留まりません。息子に向かって「朝廷はわしを頼りにして、夷の反乱が起きている奥州に向かわせるおつもりだ。しかし矢傷を負っていたことが公になるとまずい。口止めのためにあの医師を殺してしまえ」と命じます。
息子は医師には恩がありますから、「父がこういうことを考えている。ついては、京に帰る途中、身代わりを馬に乗せてあなたは歩いてお帰りください」と勧めます。
医師は感謝してその言葉に従い、これまた命が助かります(ただし身代わりのものは殺されます)。
なんともひどい男ではありませんか。孫より自分を大事に考え、出世の邪魔になる医者など恩を感じるどころか邪魔者扱いにするのです。平貞盛は実在の人物です。

もうひとつ、巻29-28に「住清水南辺乞食以女謀入人殺語」(清水の南辺に住む乞食、女を以て人を謀り入れて殺すこと)という話があります。
近衛中将である若い公達が清水寺に参詣すると

    とても美しい女

がいました。中将は小舎人童(こどねりわらは。召し使う少年)にあとをつけさせます。童が戻ってきて「女は清水の南に住んでいました。途中でお供していた年配の女が私に気づき『今度清水に来られることがあれば寄ってください』といいました」と報告します。
中将は喜んで手紙のやり取りをして、そのあと女に誘われて訪問します。いかにも由緒ありげな住まいで、中将は女と一夜をともにします。ところが女がとても悲しそうにしています。話を聞くと「私は元は京の者で、両親が亡くなった後こおに連れてこられました。ここに住むのは乞食ですが、今は豊かになっています。私を養いながら時々清水詣でをさせて、男性が言い寄ってきたらここに連れ込み、寝ている間に天井から

    鉾(ほこ)を落として

殺してしまい、着物や車を奪うのです。もうすぐ鉾を落とす時刻ですから、あなたはどうか逃げてください」と言います。男は一緒に逃げようといいますが、女は拒み、男に逃げ道を教えます。男が逃げて五条川原で振り返ると火の手が上がっていました。乞食が様子を見に行ったら女が死んでいたので火を放ったのだろうと思われます。

こういう話なのですが、安達といくらかでも共通点があるように思われます。
直接これらに取材したということではないかもしれませんが、こういう話があったことはまんざら無縁では内容に思います。

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