調子に乗るな、私よ! 

耳を悪くしてから、いろんなものが見えてきました。
もともと周りが見えない人間でしたので、洞察力らしきものが人並みに近づいてきた、というだけのことですが、私にとっては驚きでした。
人の心が見える、人の動きが見える、そんなことがしばしばです。
予想していたことが

    ぴたりと当たる

ことも以前に比べると増えてきました。もちろんこれもそれくらい言い当てて当然というレベルのことばかりですが。
普段、20歳前後の女子大生に話をしています。いろんなことを知ってるなぁ、と思う反面、やはりまだ世間知らずだな、と思うこともしばしばしです。それはしかたがありません。まだ20年ほどしか生きていないのですから。
この間、金閣の話をしました。「金閣はきれいだけど、銀閣は銀色じゃないからがっかりします」と本気でいう人もけっこう多いのです。やはり

    ピカピカ

光るのはいいものなのでしょうかね。
「日本三大がっかり」の話をしたのですが、その際、皆さんが新たに「がっかり名所」を選ぶならどこを挙げますか? という質問をしてみました
意外にも一番多かったのは「東京の渋谷」でした。「109は店が小さい」「ハチ公像はもっと大きいと思っていた」「京都の店のほうがずっといい」などなど。
しかし、渋谷が名所でしょうかね(笑)。まあ、若い女の子にとっては名にし負う渋谷に胸を躍らせて行ってみたらたいしたことはなかった、ということなのでしょう。

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そんな彼女たちに「金閣は昭和25年に燃えましたよね」といったらきょとんとしていました。
ほとんど誰も知りませんでした。ということは三島由紀夫の『金閣寺』も水上勉の『五番町夕霧楼』も、誰も読んでいないわけね・・・。まあそんなものか。
消失直前の金閣は今のようにキンキラじゃなかったそうですよ、と話したら驚いていました。
室町時代からずっとあのキンキラが続いていると思っていたのですね。
こういう話をしているものですから、学生の中には「先生物知りですね」と言ってくれる人もいます。「いや、どちらかというと物知らずなんですよ」とは答えるのですが、やはり私にもいつの間にか

    年の功

のようなものがしみついてきたのでしょうか。
なんていうことを考えるようになったからか、最近私は図に乗っているのです。学生に対して偉そうにものを言っていることがあって、その都度「しまった!」と思い直すということの繰り返しです。
何も分かっていないのに、分かったふりをして偉そうにいっていてはいけない。私にとってそういう行為は

    

なのです。ところがついそんなことをしてしまう自分に気づくことがあります。
そして時にはうっかり間違ったことを自慢たらしく言ってしまって、学生から「ちがいますよ」と注意されたりすることもあります。間違ったことはすぐに自分の間違いを認めて訂正すること。これも私はいつも意識していることです。
今のところそれは守っているつもりなのですが、そのうちにそれもしなくなったらもう末期的だな、と思います。
調子に乗るな、自分よ! とここでも一度戒めておきます。

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コメント

2度目のコメントです。お疲れ様です。
がっかり名所と云えば、私はなんばの
法善寺を挙げます。およそ「寺」という
名から連想する形態を保ってません。
しかし、関西の人にこの話しをしたら
そもそも法善寺を知らず驚いた事が
ありました。(兵庫在住の方ですが、
大学は大阪でした。)
「月の法善寺横丁」や「夫婦善哉」を
知らないのはある意味しょうがないかも
しれないけれど、ミナミの大繁華街
「千日前」の由来ですからねえ。

♪cotaさん

こんにちは。以前、雪についてコメントをくださいましたね。
最近、閑古鳥が鳴いているブログですので (笑)、いつでもコメントをください。
私もはじめて法善寺に行ったとき、水掛不動に水を掛けて帰り、ふと「ところでお寺は?」と思ったことがありました。
たしかに、法善寺は必ずしも知られていないかもしれませんね。私も、子供の頃に聴いた「ほぉちょ~、いぃっぽ~ん♪」で覚えましたから。
法善寺は寺というより法善寺横丁という地域として意識されているのでしょうか。

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