2015 初春公演の感想(3) 

文楽初春公演の夜の部は「日吉丸稚桜」と「冥途の飛脚」でした。
「日吉丸」は語るのには面白みがありそうに思うのですが、話としてはあまりにも作為が勝って、いわば

    できすぎ

ているように思うのです。
五郎助は和生さんでしたが、どんな役でも性根をさっと掴むのはさすがだと思いました。勘弥さんが目の動きなどをうまく使って、きれいな二枚目というだけではない茂助の心の動きを見せていたのが以前にはなかった人物表現の濃さだと感じました。とても心強く思いました。動きがひとまわり大きくなっているのも頼もしく感じました。勘弥さん、四月は操だそうで、これは今後の

    試金石

になりそうです。
玉志さんの藤吉が私の見た限りでは人形がずっと安定していなかったので気になりました。鏡を使って形を確認して欲しいなと思いました。
清五郎さんの五郎助女房なのですが、私は感心しませんでした。形は整っていると思うのですが、それでは人形を操っているだけで、人形が主体的に動いているかのような感情表現をしないと感銘を与えられないと思うのです。
娘が自害したときに母親が見せるうろたえはどこにあるのだろうか。それを無視する夫に対して老妻はどんな行動をとるだろうか、そういうことが伝わってこなかったのです。動きがぷつりぷつりと切れるような感じで、そうなるとどうしても存在感が薄くなります。期待していますので頑張ってください。

にほんブログ村 演劇ブログへ
 ↑応援よろしく!

kgaeonrjuiをフォローしましょう

「冥途の飛脚」はやはりおもしろい作品です。八右衛門の不器用な友情。誤解して間違いを犯す忠兵衛の若さ。
勘十郎さんの梅川は濃厚な味がありました。
二階にいて障子がしまっていても、その奥にいる梅川の息遣いが感じられるようだったのは、姿を見せているときの存在感が大きいからだと思います。余韻で見えない姿を感じさせる。二階で姿を見せているときもずっと打ち沈んだ様子で、、彼女を中心に時間が流れていると感じさせられました。
一つ残念だったのは、八右衛門の

    左遣いさんが邪魔

になって様子をうかがい、あるいは泣き伏す梅川の姿が見えなかったことです。私の座席の位置からだけではないと思います。舞台監督はチェックできるはず。
八右衛門は玉也さんが「いやなやつというのではないけれど、いささか煙たい男」という感じで、精一杯男気を見せながらも器用に忠兵衛を更生してやれないもどかしさを持った男を好演されました。
さて、玉女さんです。
いろいろな方の感想をうかがっているとなかなかの評判でした。しかし私はなおも不満を持っています。これまで玉女さんというと世話物ではどうしても硬さがあって

    近松の男

にはなりきれていないようなところがありました。今回はかなりやわらかみがあったと多くの方がおっしゃっていましたし、ご本人も意識はなさったと思うのです。たとえば下女とのからみの場面。ときどきしゃきっとした武士のように見えてしまってとろけるような色気を感じませんでした。「だしまきの夕べ」の「感想を拝見していると「かなりいやらしい忠兵衛だった」というご意見がありましたので私の見方はおかしいのかもしれません。
羽織落としの部分は「うかうか」とした感じが出ていて、よかったのですが、「封印切」ではまた気になることがありました。彼にはずっと後ろめたさがある。妙閑をだましたこと、八右衛門に窮地を救われたこと、金を届けねばならないのに新町に足を向けたこと、懐の金を使ってしまうのではないかと自分自身も早くから感じ取っていることなど。そういう罪悪感を背負いながら八右衛門の前で見得を切ってしまうのですから、そこには武士の意地のようなものではない、から元気というか、見得ではなく見栄を張っているに過ぎないもろさがあります。それがどうしてももう一つ出てこない。封印を切ったあとも割合に平然としているように見えたのですが、過呼吸になるような激しい感情の揺れがあるはずなのです。それがどうにもうかがい知れなかったのです。
みなさん、かなり称賛されていましたので私の見方に問題があるのかもしれません。しかしひとりの観客としては物足りない面があったとはっきり申しておきます。
道行はよかった。これまでこの道行をそんなにいいと思ったことがなくて、道行前に帰る人の気持ちが分かるような気もしました。しかし今回はそそくさと帰っていく人を横目に見ながら「もうちょといたほうがいいですよ」と言いたかったくらいです。
まず勘十郎さんの濃密な感情表現。「野風身の毒」という、その毒にあたった梅川の苦しみも真に迫っていました。玉女さんも見事に呼応して優男のやさしさをありありと見せてくださいました。
こえはコンビの力、1+1が2以上になる、算数では測れない力だったと思います。羽織を二人の愛情の記号として盛んに用いていたのも印象的でした。
「封印切」で簑之君の禿(かむろ)の三味線が錦糸さんの糸とよく合っていたと多くの方がおっしゃっていました。かなり注目されるので緊張したと思いますが、よく曲を聴いて勉強したのですね。いいことです。ただ、三味線手の角度が不自然だったように思うのです。鏡で確認してさらにうまく遣えるようになってください。

スポンサーサイト

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

♪管理人のみ…さん

コメントありがとうございます。パンフ挟み込みの「床本」は時々おやっと思うことがありますね。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/3410-7c4dffa2