60年目の曽根崎心中(2) 

西亭脚色『曽根崎心中』はコンパクトです。正味90分で終わります。
ざっというと生玉25分、天満屋37分、天神森28分くらい。
大体この作品は4月6日の夕方から7日の未明までの半日が描かれているだけで、出来事としても実にテンポがいいのです。「生玉」が夕方で「天満屋」はいくらか夜遅く、そこに時間の経過がありますが、あとはもう一気に結末に向かいます。
「天満屋」はスリリングな幕切れで、それが終わると「道行」が実にゆったりとして、いかにも

    屠所の羊

らしい歩みになります。堂島新地から曽根崎の森までは直線距離で1kmくらい。田簑橋から露天神までゆっくり歩いても25分くらいのものです。道行の上演時間とあまり変わらないですね。もっとも、彼らは真っ暗闇をおぼつかない足取りで歩いていますからもっと時間はかかったでしょうけれども。

さて、「生玉」ですが、ここのお初は原作に比べるとどうもおとなしいような気がするのです。やわやわとしているというか、いかにも弱い立場の悲しい遊女。
原作では徳兵衛(とくびやうゑ)が生玉にやってくるとお初がそれを見つけ、

    出茶屋の床より女の声

というわけで、お初から声をかけて手を叩いて合図しています。
また徳兵衛が編笠を取ろうとすると、今日は田舎客で今物真似(役者の物真似をする芸)を聴きに入っている、駕籠かきの人も知った人だから編笠はそのままに、といって脱がせません。また、久しく会わないことで自分は病気になりそうだと懐に徳兵衛の手を入れて胸の痞えをさぐらせます。
どうも積極的に動いているのはお初のような気がするのです。

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西亭の脚色では声をかけるのは徳兵衛、編笠はあっさり脱いでしまいます。そして徳兵衛が「やつれたような」と問いかけると「やつれいでなんとせう」というばかりです。さらにお初は「三途の川は堰く人も堰かるる人もござんすまい」と訴えますが、原作ではここに「堰かるる人もあるまいと気強ういさむ・・・」とあって、お初が徳兵衛を

   気丈に

勇気づけているのです。
こういうところを読んでいると、原作のお初は徳兵衛をリードするかのような気概のある芯の強い女性に思えるのですが、いかがなものでしょうか?
西亭が脚色されるとき、こういうことを意識されていたのか、あるいは西亭の思われるお初像がこのようなものであったのか、そこまではわかりませんが、結果として人物がいくらか違って見えているのではないかと思うのです。
たとえば、西亭版のお初が、胸の痞えを見て、と言って徳兵衛の手を取って懐の中に入れる動作をするイメージは湧くでしょうか? もしそういう演出をしたら、またお初のイメージは変わってくるかもしれません。

一方の

    徳兵衛

は、「母から金は取り返したが、このままでは大坂には置いてもらえないだろう、その時はお前にどうして会えるだろうか」といって「うち萎れてぞ涙ぐむ」というのが西亭版です。原作はここを「むせび入りてぞ泣きゐたる」としており、嗚咽している感じです。また、九平次との争いでは、原作では「大声あげ」をあって、かなり感情の起伏の激しい様子がうかがえます。
西亭版はコンパクトでわかりやすい、というのはその通りなのですが、人物造型についてはいくらか原作とは違ったものをわれわれは観ているのかも知れないと思うのです。
なお、生玉は初演の時に比べると徳兵衛のせりふがカットされているようで、時間も多少短くなっているようです(吉田玉男『文楽藝話』による)。

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