生涯学習論 

この春大学を辞める教員の授業は代わりに誰かが担当することになります。私は「何でも致します」と立候補していました。幸いコマ数を増やしていただき、これで米が買えそうです。
そんな授業のひとつに「生涯学習論」というものがあります。
「そんな授業、できるのか?」と思われるでしょう.私だって自信はありません。なにしろ、平安時代のことでさえまともに話せないのに、全く専門外のことをどうやって? という感じです。
しかし逃げるわけにはいかないのです。幸い、この資料を使ってみたらどうか、と3冊の教科書をいただきました。
この春はそれらをパソコンの脇に置いて比べ読みしながら授業の予習をしています。同じような教科書に見えて、やはり執筆者の個性やアングルが違いますから、比べ読みはなかなかおもしろいのです。これに

    私の個性

やアングルも加えて授業の予習としています。私の個性というのは、たとえば和漢の古典文学に出てくる人物が教育や学習をどのように考えていたか、というようなことを加えることです。たとえば『源氏物語』には光源氏が息子の夕霧を甘やかすことなく厳しく学問をさせた話が出てきます。夕霧はそんな父の仕打ちをつらいと思う反面、一生懸命勉強して優れた学問を身につけることができたのです。光源氏には彼なりの

    教育論

があったともいえるでしょう。『論語』にも『徒然草』にも、もちろん学問に関する話は出てきます。
『論語』といえば、「志学(15歳)」「而立(30歳)」「不惑(40歳)」「知命(50歳)」「耳順(60歳)」の謂れとなった有名な話があります。15歳で学問に志し、30歳で自ら立ち、40歳で惑いが消え、50歳で天が私に課した使命を知り、60歳で誰の言うことも素直に理解できるようになり、70歳になって思うまま振る舞っても道を外すことはなくなったよ」と孔子大先生が言ったというのです。これなど、まさに生涯の修養、生涯学習の元祖のようなものではありませんか。

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学生に教科書を買わせて、それを読みながら過不足ない講義をする、というやり方がオーソドックスなのかもしれません。しかし、看護師や保育士、管理栄養士を目指す学生にあまりにも専門的な話をするのはいかがなものか、という思いが私にはあります。甘い、と言われても、かまいません。それで高等教育なのか、と言われるのも気にしません。「教える」というのが押し付けになった時、大学の教養の授業は魅力が半減するような気がしています。むしろ学生に

    考えてもらう

ことが90分の授業の中でひとつでもあればそれでいいのだ、とも。ですから私は、自分ではそれで勉強しても、授業で教科書は使いません。学生さんも教科書代が助かりますから喜んでくれます(笑)。
「生涯学習」は、以前は「生涯教育」と言っていました。私もこういうことに関わった最初の頃はそう言っていたように思います。しかし生涯学習の本質は人生のどの時期であっても自発的に勉強することでしょう。教える(勉強をサポートする)側が主体ではないのです。そこで次第に「生涯学習」の語が定着し、今では多くの自治体に「生涯学習課」などが設置されています。
生涯学習は学校のみで行われるものではありません。公民館、カルチャーセンター、図書館、博物館、青少年教育施設、あるいは宗教施設などさまざまな場でおこなわれうるものです。
私もこれまでそういう場でずいぶんお話ししてきました.その経験を生かしながら、独自の生涯学習論を話してみたいと思っています。無理にやらされる、というのではなく、私自身

    生涯勉強

のつもり(住大夫師匠のお言葉みたい?)で、まさに自分の意志でこの授業の担当を選んだのですから。
これから先も、たとえ専門外であっても、美術史も宗教も哲学も体育実技もなんでもやりまっせ!

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