文化のしもべ 

しもべ=下僕、という語はなんだか封建的で、身分制度すら思い起こしてしまそうです。
しかし今でも精神的な意味では生きている言葉ではないかと思います。たとえば私は「学生のしもべ」でありたいと思います。といっても、学生に会ったら頭を下げて道を譲るとか、彼女たちが授業中に内職しようがおしゃべりしようが、何をしても我慢する、という意味ではありません。むしろ叱るときは叱る、という気持ちで

    彼女たちの成長

を助けたい、という、ごくあたりまえのことを言っているのです。
しもべ、というとご主人様にお仕えするわけですから、常に平身低頭しているようですが、申すまでもなくそういう意味ではありません。私は授業中に彼女たちに尊敬語はほとんど使いません。使うのは丁寧語くらいです。公開講座で一般の方にお話しするときとはまるで言葉遣いが違います。それはそのほうが学生たちとの関係にふさわしいと思っているからです。そういう表面的なこととは関わりなく、私は学生のしもべであろうと思います。

あまり熱心な新聞読者ではない上に、よその町のことに関心が薄いということもあって、最近ほとんど大阪市のもやくやに注目していません。
ところがどうしてもFacebookなどで意見を述べる方がありますから、いくらかのことは目に入ってきます。
1月か2月かは忘れましたが、大阪の市長が「文楽などを活用して

    ミナミの活性化

を」というアイデアをミナミの会合か何かで発言したという記事を読みました。プールがダメになって、選挙も近いからなんとかしなければという思いがあったのでしょうか。

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文楽、ミナミ、活性化、という言葉だけを見るといかにもアイデアとしておもしろそうで、具体的には文楽ロード(?)のようなものを作る、とかiいうことだったと思うのです。島根県境港市のまねだとも聞きましたが。もともと文楽はミナミの活性化のために大きな役割を果たしてきたわけで、文楽劇場を国に作ってもらうときも大阪市はなんとしてもあの場所にお願いしたいと思ったはずです。万博の跡地に作るというアイデアもなかったわけではないそうで、また関西国立劇場なら京都でも神戸でもよかったのです。それを大阪に作ってもらって、文楽を上演し続け、ひいてはミナミの活性化に益する。こうやってみると、大阪市にとっては満点の成果でした。大阪市は文楽劇場を支えるために国に毎年9000万円の土地代(あそこはもともと市立高津小学校の跡地なので市有地)を減免していると大阪市長は言ったそうですが、寝ぼけているとしか思えません。
それはともかく、実は、話の中味よりも私はこの発言の

    発想

が変だと思っています。
市長ともあろう人がほんとうにこういう言い方をなさったのかどうかは存じませんが「活用する」という言葉に強い引っ掛かりを覚えます。
たとえば、モデルにするという水木しげるロードについて、境港市の市長は「水木さんを活用する」とう発想だったのでしょうか? むしろ水木さんにお願いして、ゲゲゲの鬼太郎などのキャラクターを使わせてもらう、ということだったのではないのでしょうか? 結果的に、当地の商店街が活性化したのは事実でしょうが、私には地元の人たちや役所の水木さんに対する強い敬愛と感謝の気持ちが感じられます。
低級な人の悪口を言うのは本意ではありません。自分が不愉快になるだけです。
政治は

    文化のしもべ

でなければならないと私は思っているのです。
ただし、こういうことは本来政治家自身が言うべきことであって、それが言えないようなひとは政治家などになるべきではありません。

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