知らなかったんです 

家の近所に右折禁止の場所があるのです。
90度の角度ではないので、たしかに右折しようとするとほとんどUターンに近いような曲がり方をすることになり、しかも右折し終わったところにある小さな道から自転車や歩行者が出てくる可能性も高い場所なので危険です。

usetukinsi

上の図のような感じです。右折禁止もやむなしとは思います。
そして、この小さな道の右側あたりで時々警察が違反の摘発をしているのです。何度かそういう場面を見たことがありますし、知り合いの人も引っかかったと言っていました。
もちろん

    標識

はあります。罰金は仕方がないでしょう。
にもかかわらず、私は違反を犯した人が気の毒です。なぜなら、標識がすぐそばにある木の枝に隠れるようになっていて、全く見えないわけではないのですが、枝に溶け込むようでとても見にくいのです。
道路にペイントがしてあれば違反しなかったであろう人もいます。私の知り合いがその人です。
警察にとめられて、「あなた、今右折しましたね?」と言われ「それが何か?」と答えたそうです。「ほらあそこに標識があるでしょう」「あ、ほんとうだ」ということで、罰金何千円か取られたそうです。

    「知らなかったんです」

とその人は言ったそうですが、「知らなかった」では済まないのがルールというものです。

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今もし、その人が「知らなかったんです」といって警察が「知らなかったではすまないでしょう」と言ったら、「でも

    政治資金規正法

なら知らない場合は罪にならないんですよね」といやみの一つも言えそうです。
昔から「知らないで済むなら警察はいらない」というのはこういうときに決まり文句だったのです。
政治家は自分たちに関わることですからとにかくザルの網目をできるだけ大きくした「規制」を自分たちに課すのです。普通の法律なら考えられないことです。しかも堂々と総理大臣が

  「知らないのなら罪にはならない」

と国会で答弁までしています。確かに法律にそういうことが書いてあるらしいので、なるほどごもっとも。
総理大臣がそうおっしゃるくらいですから、違反を犯した(はずの)人は判で押したように「知らなかったのです」。「ああそうですか、それなら罪にはなりません」。こりゃ、楽ですね。
こういうときの決まり文句は「法に違反していないので何の問題もない」です。ここに詭弁があります。法に違反していないということが政治家として何の問題もないということにはつがらないと思うのです。それくらいの常識は持ってもらいたい。それくらいの品性を政治家というものは持たないのでしょうか。
法律というのは決して万能ではないので、早急に改め、世間の常識にかんがみて今は法律違反ではないけれども、事実上違反行為に当たるので自らに責任を課するべきだろうと思います。
私の知人は今ごろきっと、あのときの違反を思い出してぶつくさ言っているだろうと思います。

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コメント

ルールよりも

やたら「ルールが」「ルールが」とおっしゃる市長がいます。でもほんとうに必要なことはルールではなくて、「道徳」なのだと思います。

目指すところは、国を愛して、国が決めた戦争にも喜んでいく人間をつくるための「道徳教育」の道徳ではないです。ほんらいの道徳です。善悪をわきまえることと言いましょうか。

わたしの座右の銘?「ルールよりも道徳を」

でもルールさえ守っていたら罪にならない、知らなかったら罪にならないと、首相が言うような国に、道徳は根付かないように思います。そんな人たちが言う「道徳教育」って、とっても胡散臭く思うのです。

♪やたけたの熊さん

文部科学省検定済教科書を使って道徳を教科にするという話ですが、道徳ってそんなものかな? と、疑問です。
私が中学の教師なら、道徳の時間には、最近1週間の出来事について解説して、その上で子どもに自由に話させて終わり(特に結論を必要とはしない)にするかも知れません。政治資金規制法というザル法についてみんなはどう思いますかとか(笑)。
あるいは、昔こんなことをして人を傷つけてしまったという私自身の失敗談を話すかも知れません。
道徳の時間は教科書がないからこそ生きるのではないかと思っています。

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♪管理人のみ…さん

全くそんなことはありません。またよろしくお願いいたします。

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