愛想のない 

『義経千本桜』「渡海屋から大物浦」「すしや」は、かなり暗唱しています。八世綱大夫、四世越路大夫のテープ百遍、詞、おのずから覚ゆ、というところです。浄瑠璃通の人なら、たいていの作品を覚えているのでしょうけれど。
「すしや」の段にはいろいろおもしろい言葉が出てきますが、その中でも私が好きなのは弥助(維盛)のことを

    愛想のないが愛想となり

と表現する一節です。こういう言葉が出てくるのが浄瑠璃作者というものだろう、と思わせられます。浄瑠璃の新作を書こうと思ったら、ひとつでいいから、丸暗記するくらい古典の名作を繰り返して読むのがいいと思います。でないと、言葉の続きがわからないし、節にもなりません。すなわち、台本にはなっても浄瑠璃にはならない。
それはともかく、最近はツンデレということばがあるそうですが、その言葉の意味するところは、要するにこの維盛のような人なのではないのでしょうか? 品格のある人でないと単に

    嫌なやつ

なのかもしれませんが、三位中将維盛はツンとしているからこそ愛想があるのでしょう。すしやの娘のお里は「オオ、辛気」といいながらも、この「絵にあるやうな殿御」の、ツンデレぶりも含めて「女子の浅い心から、いとしらし、可愛らし」と惚れ込んでしまったのでしょうか。
二枚目は得ですね。うらやましい。

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以下、長々とぼやきますので、不快に思われるかもしれません。
先日、銀行に唯一残っている定期預金を解約する話をしにいきました。長らく自動継続にしていましたので、今もWEBではなく紙の通帳なのです。家計が破綻寸前で継続はできませんので、とりあえず普通口座に移してもらおうと思ったのです。
中に入っていくといきなり案内係の人が最敬礼して、番号札を取るようにと示してくれます。そこまでしていただかなくても、と思いながら(笑)番号札を取って待っていました。すいていた時間帯でしたので、1分も待たずに順番が来ました。窓口に行くとお姉さんがマスクをしていました。風邪でもひいているのか、本人の好みなのかは知りませんが。目が笑っておらず、なんとも

    愛想のない

人だなというのが第一印象でした。ひょっとしたら愛想のかたまりのようなはつらつとした声で語りかけてくれたのかもしれませんが、あいにく私には理解できません。
最初に私は自分の障害のことを告げたのですが、彼女は意に介さず、こちらが用件を言うと、マスクの中で口をモゴモゴ動かしています。もう一度事情を話すとマスクを外すでもなく、眉間に皺を寄せて「どうしろっていうの」と言っているかのような曇った顔つきになります(そんなつもりはなかったのでしょうが、私にはそう見えてしまいました)。「紙に書いてください」と言うと、面倒くさそうに(これもそんなつもりではないのでしょうが)書き始めました。ところがその字が読めないのです。下手なのは仕方がないのですが、そうではなくて乱雑。小さな、クセのある字でサササッと走り書きして、間違えたら線で消すのではなく、何重も丸を描くような方法グチャグチャと消すので見た目が汚いのです。自分の心覚えのためのメモ書きとしか見えませんでした。
こちらの状況がわからないのだろうと思いますので、彼女には気の毒ではありましたが、どんな客が来ても対応する能力は今後の

    高齢化時代

には必要だと思いました。耳マーク(耳の不自由な方には筆記します、というサービスの目印)を置いている施設が多くなりましたが、この銀行はそれもありませんでした。ただ、彼女は処理をテキパキとしてくれましたので目的を達することはできました。
微々たる額ではありますが、私は銀行にお金を貸しているのです。預かってもらっているつもりはありません。銀行が勝手に「預金(deposit)」と言っているだけです。借りる時は「預かる」といい、逆の場合は「貸す」というのは銀行側に都合のいい表現だと思います。あちらにそういう認識がないのなら見解の相違ですが、それにしても最低限の礼儀はありそうなものだと感じ、普通預金の口座に移すのではなく、現金でもらって早速他行の口座に移しました。
ぼやいてしまいました。愛想のない記事ですみません。

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