2015年文楽4月公演初日 

本日文楽4月公演が初日を迎えます。
言わずと知れた

    二代目 吉田玉男

襲名披露公演です。
古くからある名前ではありませんが、玉女さんが敬愛してやまない師匠のお名前を継ぐのはやはり大きな意味があると思います。昭和の文楽ファンとしては、なんといっても玉男と勘十郎の名前が揃うのが嬉しいです。私が文楽を観始めた頃は、別格の亀松、玉五郎を除くと玉男、勘十郎、清十郎、簑助、文雀がトップ5でしたから、このお名前がすべて揃ったことになります。あとは文吾、そして

    玉造

の復活も願いたいものです。三味線では弥七、松之輔、寛治、喜左衛門らがいらっしゃいましたが、今では寛治以外は名乗る方がいらっしゃいません。太夫は越路、津、南部、文字でしたが、これらの名前も今はありません。残念です。
披露公演は『一谷』の「熊谷陣屋」。そのほかに玉女さんは『時雨炬燵』の治兵衛も持たれます。
以前も書いたのですが、「尼崎」もあって、私はこちらも楽しみだったりするのです。

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思い出すことがあります。三世桐竹勘十郎襲名披露の口上なのです。ある日、私は舞台袖にいました。普段はあまり人の多くない袖ですが、さすがに何人もの技芸員さんが様子を見にきていました。その中に玉女さんがいらしたのです。玉女さんは勘十郎さんとは同年生まれで同期の仲。あの時すでに

    「次代の文楽を担う

中堅人形遣い」として、よきライバルと見なされていました。プライベートなことについてはよく存じませんし、知っていてもあまり公言するものでもないでしょうが、お二人はとても仲が良いらしく、その意味でもかつての玉男、勘十郎とよく似ていらっしゃるように思います。先代同士も熊谷と弥陀六とか、団七と義平次とか、治兵衛と孫右衛門とか、名コンビはいろいろあったわけですが、当代もお初と徳兵衞、梅川と忠兵衛などで息の合ったところを我々はすでに何度も観ているわけです。余談ですが、今回は玉男一門でなさるのがよいと思いますが、私は新玉男の熊谷、勘十郎の弥陀六を観たいと思っています。
さて、勘十郎さん襲名の口上のことなのですが、玉女さんは袖でじっと様子をうかがいながら嬉しそうにしていらしたのです。その笑顔を拝見して、私はとてもいい気分になりました。ライバルの襲名を心から喜んでいるというお姿に感動してしまったのです。
私はもう今回は袖には行きませんが、今度は勘十郎さんが袖に来て、

    我がことのように

嬉しそうな顔をなさるのではないかと想像しています。

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