fc2ブログ

よかった 

二世吉田玉男襲名披露狂言は『一谷嫰軍記』「熊谷陣屋」です。「嫰」という字は「若い」という意味がありますから敦盛と小次郎が重要な人物であることが暗に示されているのでしょう。
この演目は豊竹座初演ですから「陣屋」の段切の派手な節付けなど、いかにも東風。義太夫節には

    「風」

というものがあると知りながら実感できていなかった時、この「陣屋」を聴いて目から(耳から?)鱗が落ちました。これが東風なんだ、と。
院の御胤である敦盛のために我が子小次郎を殺すという一世一代の大芝居を打った熊谷が出家を果たし、一方、弥陀六は敦盛がまた平家の残党を集めて報復したらどうするかと義経に迫り、義経は天運次第だと応じます。どん底の悲しみを肚に収めて来世に向かう者となおも現世の修羅場に生きようとする者。相容れぬようでありながら、実はこのふたつの心性は一人の人間に同時に内在し得るものだと思います。それをこの浄瑠璃があらわにしていき、聴き手は

    混沌

の中に引き込まれて葛藤せざるを得ない。その時に生ずる、過呼吸にもなりかねない昂揚の中で幕が引かれると、聴衆はもはや熊谷の悲しみにとどまらず、熊谷の、弥陀六の、義経の、藤の方の、相模の中に自らを観じて芝居そのものと一体化するのではないでしょうか。

にほんブログ村 演劇ブログへ
 ↑応援よろしく!

kgaeonrjuiをフォローしましょう

『義経千本桜』「すしや」は竹本座の初演ですが、こちらの段切もまた東風といえそうな派手な節付けで、私は文楽劇場開場公演で豊竹呂大夫さんが語られた「吉野に残る名物に」を聴いて陶然となった覚えがあります。弥左衛門は我が子を手にかけ、その権太は瀕死、維盛は出家し、お里は恋に破れ、一家は絶望的な悲劇に襲われます。母親のことを申しませんでしたが、実は彼女こそがすべての悲しみをこのあと一人で引き受ける存在であって、その意味ではもっとも悲劇的な人物だとも思えます。「勘平腹切」の与市兵衛女房も同じだと思います。
それにしても「吉野に残る名物」「今に栄ふる」「花の里」「その名も高く」など字面を見ただけでも悲劇の最後の言葉とも思えないくらいです。
呂大夫さんの語りを聴いたとき、私はなんだか弥左衛門一家の人たちに

    よかった、よかった

と声をかけたくなったのです。悲劇のどん底なのですから、何も「よかった」はずがありません。それは百も承知なのに、ふとそんな不思議な感情に襲われたのでした。
「熊谷陣屋」にせよ「すしや」にせよ、あるいは「寺子屋」にせよ、もうこれ以上はないというほどの悲しみに襲われた登場人物が滂沱の涙流したあとに、あっという間に人形に戻り、感情表現は浄瑠璃にゆだねてぴたりと型を決める。
その瞬間、私はからだに満ちていた緊張がほどけて血がサーッと足の指を目指して下りていくような感覚に陥ります。
悲劇を観たあとの心地よさという

    芝居の逆説。

これをカタルシスというのだろうと思います。

スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://tohjurou.blog55.fc2.com/tb.php/3478-2b46ba55