玉男讃へ 

吉田玉男、桐竹勘十郎。このおふたりが、文楽人形遣いとして私が最初に出会った名人でした。
ひとたび消えたそのお名前が再び世に出るというのは伝統芸能ならではのすばらしさです。ひとあし先に勘十郎、そしてこのたび玉男の名が戻ってきました。
新しい玉男さんは時代物の大きな人形を持たせたら力強く動じない魅力があります。私は何度もこの人の遣う人形には「背骨が通っているようだ」という表現をしてきました。
「金閣寺」の松永大膳など、ほんとうに骨太。カルシウムたっぷり。ですから、動じない役の毛谷村六助、菅丞相などもとてもいいと思います。

    人形に背骨通して玉男かな

今回の熊谷直実は制札と首桶を持っていっぱいに手を広げると大柄さがさらに引き立ちます。先代師匠はこういうときの格好よさが無類で、観ているこちらも下腹に力が入るようでした。二代目もその衣鉢を継いで性根も形もよく、なかなかお見事です。
次の機会には玉男さんの熊谷、勘十郎さんの弥陀六を観たい。勘十郎さんの奔放に動く弥陀六なら熊谷といいコントラストになるはずですし、これに和生さんの相模、清十郎さんの藤の局と揃うとさらにすばらしいものになるのではないかと思います。

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この襲名は最近まれに見る華やかさがあったように思います。新聞、テレビ、雑誌、Web、電車に貼られたステッカー。公演初日にはツイッターに多くの書き込みがありました。
男前の玉男さんだから、というわけではないでしょうが、いたるところで取り上げられているように思います。
とてもけっこうなことで、こういう機会に多くのファンが詰めかけてくれることを願います。ロビーででも、街角ででも、玉男さんを見かけたら「おめでとうさん」と遠慮なく声をかけるのがいいと思います。
玉男という名は代々伝わる大名跡というわけではありません。先代師匠には文三郎などの襲名の話もあったくらいですから、玉男という名は、本来は小さかったのです。ところが襲名をなさらずにその名前で通されたことで、燦然と輝く名跡のひとつになりました。
今年は歌舞伎で鴈治郎の襲名がありました。そしてこのたびは文楽の玉男。鴈治郎も旧い名ではありませんが、多くの人に愛されたすばらしい名跡になっています。
そんな、どこか似た事情のある名跡が晴れて復活しました。
「熊谷陣屋」に咲く花は悲しみの桜ではありますが、父が子を思う気持ちのこもった花です。先代師匠もきっと愛弟子の玉男さんを見守ってくださっているのでしょう。

    二代目の熊谷桜咲きにけり

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