高齢者と古典 

スイスの心理学者、精神科医のカール・グスタフ・ユングが「人生の正午」と言った40歳。中年になると、人はそれまでの生き方と違ったことを考えるようになると思います。前半生は学業を修めて就職し、場合によっては昇進を目指し、結婚して家庭を築き、それを守るために必死で働きます。ところが子どもが成長して仕事も先が見えてくると自分を振り返るようになります。
自分の人生はこれでいいのだろうか、と思うのが中年期の不安になります。いくらか自分の老いや死が見えてきて、「働いてばかりでどうするんだ、

    もっと遊べ」

という悪魔のささやき(笑)も聞こえてきます。
男性の厄年は四十二歳。およそこれ以降に遊びを覚えて夢中になると人生をダメにしてしまうほどのめり込む人もいます。パチンコや競馬などの賭け事、酒や女性、今が最後とばかりにのめり込んでしまうのでしょう。私はどういうものかそれらにまるで無縁で、まじめに(!)生きてしまいました。
この時期の内向化は困ったものだという考えもできますが、ユングはむしろこれを

    第二の発達

と捉えたのだそうです。
すなわち、それまでは見て見ぬ振りをしていた老いや死について受け入れられる人間になっていくのがこの時期だというのです。

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高齢期になるとさらに死は身近なものになります。高齢期というのは時代によって異なると思うのですが、長寿高齢化してきた今で言うなら60代の後半からが目安になるでしょうか。
ロバート・ペックという学者は、
  労働以外に満足できるものを見出すこと
  身体的なものより精神的、社会的なものに満足感を求めること
  自己の有限性(迫り来る死)を超越すること
を高齢期の課題と考えたそうです。逆に言うと、これらの課題を解決、克服していくのが充実した高齢期とも言えるでしょう。そのために、高齢期になると自己の人生を超えて過去、未来、他者、社会、そして

    普遍的なもの

に関心を抱くようになるのだと思います。
高齢者大学などではそれゆえに自然、歴史、古典的な芸術(文学、音楽、美術、演劇など)、宗教などに関心を持つ方が多くなるようです。
野菜を栽培しよう、高校生のときは苦手だった古典をこの際読んでみよう、昔の人の暮らしを知ろう、親鸞や日蓮の考えを知ろう、史跡を探訪しよう、美術館へ行こう、など意欲的に行動される方が増えてきます。
こういう需要に応えるのが

    これからの大学

には求められます。そして、おそらくは私の出番です。
目の前の若い学生にばかり目を向けずに高齢者を積極的に迎えてともに古典や歴史を学ぶ。高齢者の方々ですから、みなさん生きる知恵にあふれ、意欲も満点。むしろこちらが学ぶことも多いのです。
問題は大学がそういうことにどれだけ積極的な姿を見せるか。私は現在源氏物語と絵巻物を読む講座を持っています。これからもできるだけ古典を愛する高齢者の皆様方のために尽力したいと思っております。

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